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  • 2008/10/20
  • 独禁政策研究提言
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独占禁止法違反事件処理手続意見書

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はじめに

 平成17年の独占禁止法改正法附則13条により内閣府に設立された独占禁止法基本問題懇談会は、平成19年6月26日に独占禁止法の違反事件処理手続等について報告書を公表し、その後同手続に関する議論が行われ、平成21年にはそのための改正案が準備されようとしている。競争法研究協会では平成17年の独占禁止法改正問題の時からこの手続問題について検討し意見を公表してきたが、最近では平成20年1月22日に当協会の意見を公表している。当協会は、手続問題が独占禁止法の在り方にとって極めて重要な問題であることにかんがみ、平成20年8月7日に独禁法手続研究会(座長:松下満雄教授)を当協会内に設置し、その後7回の会合を開いてこの手続問題について検討し、貴重な意見を頂き、この問題に関する競争法研究協会の意見を改めてまとめた。その内容は別記の通りである。競争法研究協会が設置した独禁法手続研究会の名簿及び審議経過は添付資料の通りである。

独占禁止法違反事件処理手続意見書
1.基本的な考え方

 市場経済においては、事業者の自由な活動が基本となっており、公共的な見地から事業者の活動を規制する場合には、この点について慎重な配慮が必要である。とくに、独占禁止法は、市場経済の基本法として事業者の自由な活動とその競争の保護を基本とし、同法違反の行為に対しては経済の実態に即して個別事案ごとに適用されるので、違反被疑事件処理手続はそれに対応して行われる必要がある。独占禁止法違反に対しては、損害賠償請求訴訟、株主代表訴訟、営業停止処分、入札指名停止処分等の措置が行われているが、これらの措置の多くは公正取引委員会の独占禁止法違反事件に付随して提起され、事業者に多大の不利益を与えるものであり、公正取引委員会における同法違反被疑事件の処理手続の在り方は重要である。

独占禁止法の違反被疑事件処理手続を検討する場合、手続の実際の運用面のほか、行政における「適正手続の保障」の問題、経済のグローバル化の現状における独占禁止法の手続法の国際的ハーモナイゼーションの必要性、及び独禁法の施行機関である公正取引委員会が独立行政委員会制度を採っていることを重視する必要があると考えられる。独占禁止法の運用における適正手続の保障は、同法の適用を受ける事業者の防御権の保障として重要であるのみならず、独占禁止法の運用に対する事業者の信頼感を高め、長期的に見て独占禁止法の執行力の強化になるものと考えられる。

2.事後不服審判制度の問題
 行政機関が最終行政処分を決定した場合、利害関係者はその処分について同じ処分官庁に対してではなく、独立の裁判所に対してその処分の見直しを直接求める機会が与えられることは、憲法31条の「適法手続の保障」及び同32条の「裁判を受ける権利」からみて必要であると考えられる。この点から考えて、公正取引委員会が現行の不服審判制度の見直しの見解を平成20年3月に表明したことは適切である。

3.事前聴聞手続の必要性
 公正取引委員会が独占禁止法違反被疑事件に対して排除措置(課徴金を含む)を行う場合には、以下の理由からその防御権として行政処分前に被処分者に対して、正式手続として、事前聴聞手続の機会を与えることが必要であると考えられる。

(1)独占禁止法違反事件の処分は、事業者に経済的・社会的に大きな不利益を与える場合が多く、このような不利益処分に対して規制機関が一方的に審査し一方的に処分することは適切ではなく、事前聴聞手続の機会を被処分者に与えることが、行政における「適正手続の保障」の見地から必要である。

(2)内閣府の独占禁止法基本問題懇談会は、平成19年6月の報告書で、独禁法違反事件処理方式の将来の在り方として、不服審査型審判方式又は一般行政処分方式ではなく、事前審査型審判方式の採用が適切であるとしている。また、平成17年改正前の審判手続(旧49条)は、法制定以来60年余にわたって事前審査型審判方式(事前聴聞方式)であった。

(3)公正取引委員会は、独立行政委員会制度を採っているが、行政委員会制度の下ではその重要な処分は準司法的な事前聴聞手続により行うことが原則であり慣行である。

(4)事前聴聞手続において、関係資料が十分に開示され、相手方が事案について争う機会が確保されれば、その手続において共通の証拠資料を前提に事案の経済的・法律的問題点が分析検討され、公正取引委員会の独占禁止法事案に関する専門的な分析能力が育成され発揮できるようになる。また、この事前聴聞手続を前提に事件審査が行われれば、その審査段階においても経済的・法律的な分析が行われ、審査官の専門的な能力が育成されるようになる。

(5)公正取引委員会のモデルとなった米国連邦取引委員会では、裁判手続に準じた準司法的な事前聴聞手続(adjudicativeproceeding)が採られ、米国司法省では裁判手続により排除措置又は刑事罰を課している。EUにおいては、全面的な委員会資料の全面的開示を伴う極めて整備された事前聴聞手続が採用されている。

4.事前聴聞手続の内容
(1)期間
1)事前聴聞手続は、迅速性が必要な公益上の行政処分の事前手続であるので、原則として1年程度の期間内に終了する必要がある。平成17年改正以前の事前審判制度では5年を超えるものがかなりあったが、それは不適切である。
2)事前聴聞手続の短期化は当事者双方にとってそれぞれ利益があり、したがって手続の見通しが明確になれば当事者双方が相互に協力できる立場にあり、この短期化は聴聞主宰官の聴聞指揮に依存する場合が大きい。
3)米国では規則で聴聞期間は原則として1年程度とされ、EUではほぼ1年半程度で事前聴聞手続を終わらせている。わが国の現行審判規則では、事後審判ではあるが、審判手続を2年以内に終わらせることとしている(同規則18条)。
4)手続が長引くおそれがあり、また緊急に処分を行う必要がある場合に備えて、緊急停止命令手続を置くことは適切である(法70条の13:旧67条)。

(2)告知事項
1)聴聞手続の審理事項は、冒頭の告知書で明確に限定される必要があり、その内容は違反容疑事実、適用される法令及び予定排除措置・課徴金が含まれる。
2)聴聞手続において告知事項の内容を拡大修正する場合には、新告知事項を追加するする必要がある。

(3)聴聞主宰官の独立性
1)聴聞手続は、審査官及び被聴聞者を手続当事者として基本的に弾劾構造とし、聴聞主宰官は、当該違反事件の審査に関与したことが無く、委員会からの指示を受けず、独立して事案を審理し、審理結果をまとめた審決案を作成し、手続当事者はそれに対して委員会に異議の申立ができるようにする。
2)委員会は、聴聞手続に介入せず、聴聞主宰官に何らの指示を与えないことを法律に明記し、審査官・聴聞主宰官・委員会の機能分担を明確にし、それぞれ独立して行動することとし、この機能分離に問題があれば司法審査の対象にする。
3)委員会は当該事案について審査開始及び聴聞開始において関与しているが、その関与はそれぞれの段階における仮の関与であり、聴聞開始後は聴聞手続には関与せず、審決案に対しては従前の仮の関与から離れて、独立して公正・中立に審理・判断する必要がある。
4)委員会が審決案に対して独立して十分に審理し、また委員長又は各委員が少数意見を付すこと(法70条の2第2項)を容易にするため、委員会に直属の法務官(法曹資格者が望ましい)を置く。従来、審決が審決案と異なっている場合が殆ど無いこと、また審決に少数意見がつけられて例が殆どないことは、委員会の主体性と聴聞主宰官との関係が不明確であることを示している。

(4)審査官保有資料の閲覧・謄写
1)審査官が特定の違反被疑事件について強制調査権を行使して資料を収集するのは、公益上の見地から適切な排除措置を採ることを目的としたものであるから(法45条1項・4項;法旧48条1項・旧49条参照)、また聴聞手続は被聴聞者の防御権を尊重し、被聴聞者の意見を十分に聴取するための手続であるから(旧49条)、事前聴聞手続が開始された段階では審査官保有の当該違反被疑事件関係資料を被聴聞者にその防御権として原則として全面的に閲覧謄写する機会を与え、十分な主張を可能とする必要があり、法70条15(旧69条)はこのための規定である。 (この点については後記9参照。)
2)審査官保有資料の全面的閲覧は、聴聞手続における当該事案の経済面・法律面について当事者が共通の資料をもつこととなり、全資料について異なる視点から評価検討されることが可能となり、公正取引委員会の専門性が高まり、実態に即した審決例形成が可能となり、長期的に見てメリットが大きい。寡占市場における暗黙の了解のように状況証拠からの合意の推認により認定が行われる場合には、審査官保有資料の全面的な閲覧により推認の根拠になる資料(白の推認関係資料を含む)の選択・評価の機会が被聴聞者にも完全に与えられ、寡占市場の事業者の行動に関する経済的分析と被聴聞者の行動の是非の合理的な検討が容易になる。
3)審査官保有資料の全面的な閲覧により、争点整理が容易となり、証拠調べも効率化し、争点の検討が明確になり、審決後の裁判所においては「実質的証拠の原則」(法80条・82条)による検討と判断が容易となり、裁判所による的確な司法審査に役立つ。
4)審査官保有資料の全面的な閲覧の場合においても、委員会及び審査局の内部検討資料及び事業秘密については閲覧権の例外とし、その範囲は聴聞主宰官が判断し、司法審査に服する。同様に被聴聞者の側にはいわゆる弁護士秘匿特権が認められる必要がある。 資料の閲覧が全面的に行われる場合に上述の例外の問題もあり、閲覧は聴聞主催官の権限に属し、その行使については司法審査に服する。
5)米国連邦取引委員会においては、「適法手続の保障」(due process oflaw)の見地から審査官資料(白の推認関係資料を含む)の全面的な閲覧が保障され(16 CFR3.1条以下)、EUにおいても、被聴聞者の防御権としての「武器平等の原則」(委員会資料を共通の武器と見る原則)から委員会資料への全面的なアクセス(access to the Commissionfile)を認めている(03年理事会規則1号27条2項;04年委員会規則773号15条1項;05年委員会資料アクセス通達)。いずれの場合も、資料閲覧は聴聞主宰官の権限であり、例外がある。
6)米国及びEUにおいては、資料閲覧の場合、全資料に詳細な目次が付けられることになっているが、審査官保有資料は数千点を超える膨大な資料になるので、資料の効果的な閲覧のためには全資料の完全な目次の提供は不可欠である。

(5)争点整理等の整備
1)聴聞手続は告知事項の告知によって始まるので告知事項を中心に審理が行われる傾向があるが、聴聞手続の目的は被聴聞者の防御権としてその意見を聴取することにあるから、審査官保有資料の全面的閲覧と被聴聞者の主張が明らかになった時点で、聴聞主宰官は当事者の争点整理を中立的・客観的に行う必要があり、このことを法令上も明らかにする必要がある。
2)聴聞手続において準備手続は必要であるが、被聴聞者の防御権の保護のため聴聞手続は公開される必要がある。多くの場合立入検以降において違反被疑事実が一方的に報道され、被聴聞者には不利な状況が形成されている。
3)聴聞手続については、それが行政手続であるので、平成17年改正前のように速記録を作成し、被聴聞人に送付すると同時に司法審査が的確に行えるようにする必要がある。

(6)審決の管轄裁判所
1)事前聴聞手続において、聴聞主宰官の独立性、審査官保有資料の全面的な閲覧権、被聴聞者の防御権、審理の中立性が保障されて事案審理が行われれば、それは第一審の事実審理に相当するので、聴聞手続を経て出された審決に対する管轄裁判所は東京高等裁判所(法87条)が適切である。この場合、「実質的な証拠」による審決に対する裁判所の十分な司法審査が行われる必要がある(法82条)。
2)事前聴聞手続(審判手続)なしに公正取引委員会が行政処分をし、地方裁判所に直接出訴できるとの見解があるが、合議制の行政官庁が公益上の見地から行政処分を行った場合、裁判所はその処分について何らかの公益上の配慮を加える傾向があるので、行政処分前に十分な審査官保有資料の閲覧の機会を得て主張を行うことの方が適切であると考えられる。
3)平成19年6月の内閣府の独占禁止法基本問題懇談会の報告書も、審決に対する管轄裁判所は東京高等裁判所を予定しているものと考えられる。

5.略式の同意命令手続
(1)必要性
1)公正取引委員会の行政処分の目的は違反行為の排除(課徴金を含む)であるから、違反行為の排除措置について相手方が同意する場合には、相手方に事実及び法令の適用の承認を求めることなく、迅速に排除措置を採ることは、規制側にとっても相手方にとっても便宜である場合が少なくない。この場合、規制機関側は事実と提要法令の提示が必要あるが、その提示は排除措置の根拠を示すためのものであり、相手方にその承認を求めるものではない。
2)米国連邦取引委員会の場合には聴聞前の措置が同意命令協定(consent order agreements;16 CFR2.31条以下)で聴聞開始後の措置が同意協定和解(consent agreement settlements;16 CFR3.25条)、司法省の場合には同意判決(consent judgments;TunnyAct)が略式手続として規定され、大半の独占禁止法違反事件がこの略式手続により処理されており、いずれの場合にも措置について執行力があるだけで事実認定と法令の適用は参考に過ぎず、法的効力は持たない。ただし、同意命令・同意判決の案は一般の批判にさらされ、その公益性は担保されている。EUの場合には同意措置(commitments;03年理事会規則1号9条)があるほか、08年6月にカルテル関係について和解(settlements)が略式手続として認められており(03年委員会規則10a条)、大半の競争法違反事件が前者の略式手続により処理されている。日本の独占禁止法の平成17年改正前の勧告手続(旧48条)も略式手続であり、大半の事件がこの手続で処理されていた。

(2)要件
1)同意命令手続は、違反行為の概要が明らかになった時点又は聴聞手続が開始された後において措置内容に関する当事者の合意により行うことができる。
2)改正前の勧告手続(旧48条)を参考にする場合には、同勧告手続では勧告内容が一方的に決定されていたので、まず勧告案を提示し当事者間で交渉がきるようにする必要がある。
3)同意命令手続は当事者の合意による略式手続であるとしても、公益上の措置であるので、その措置概要の案について利害関係者の意見が聴取される必要がある。

6.審査手続上の問題
1)事業者は経済的・法律的に極めて複雑な取引関係・競争関係の下で活動し、かつ独占禁止法は極めて難解であり、独占禁止法違反被疑事件の審査の場合は刑事事件の場合とは著しく異なっており、審査の各段階において弁護士同伴が認められ、またいわゆる弁護士秘匿特権(弁護士・クライアント間の法的助言に関する情報交換を審査対象から外すこと)が認められる必要がある。米国及びEUの競争法の運用では、上記諸点が認められており、この面の国際的調和が必要である。弁護士同伴について、外国企業の場合にそれを認め、内国企業については認めないということは、権利に関する内外差別ではないか。
2)法47条1項に基づく立入検査で留置された資料は審査規則18条で閲覧謄写が定められているが、被審査対象者にとっては自己の関係資料の閲覧謄写の機会は防御のため、できるだけ早く利用できることが必要である。また、供述調書が作成される場合には調書の写しが直ちに手交され一定期日以内に調書に対する意見が提出できるようにする必要がある。最近、刑事事件の供述禄取についてビデオ録画制が導入され、その公正化が図られている。供述調書は通常審査官の質問に対して供述者がそれに答える形で作成されるのに対して、調書は審査官の質問が記載されずに作成されているが、質問も明記してその供述の状況が明確になるようにする必要がある。
3)審査手続において相手方防御権の擁護は、それ自体として重要であるが、それにより審査活動が客観的となり、審査活動自体の信頼性が増大する。

7.違反被疑事件関係審査の秘密保護
1)法38条は、「事件に関する事実の有無又は法令の適用について」公正取引委員会の委員長、委員、職員が意見を外部に発表することを禁じている。ここでいう、「事件」とは違反被疑事件のことであり、違反被疑事件に関する情報は、職員の守秘義務の対象になっており、同時にそれは法39条の「事業者の秘密」に該当すると考えられる。審査手続において法47条により審査官が収集した資料は、公正取引委員会が適正な排除措置を採るためのものであって、少なくとも違反事実が正式に認定され排除措置命令が確定するまでは、違反被疑事件の審査事実と関係資料は原則として外部には秘密資料である。法47条に基づく違反被疑事件審査の事実及びその審査過程で収集された資料は、行政的な排除措置をとるための資料であり、法38条及び39条により秘密保護対象である。従来、違反被疑事件の審査の初期段階である立入検査時点で多くの事件がマスコミに大々的に報道されていることは極めて問題であり、これは法的に保護されている事業者の権利を侵害するものであって、公正な事業活動を阻害するので、是正されるべきである。欧米ではこのような慣行はない。
2)違反被疑事件で集められた資料は、事前聴聞手続においては被聴聞者の防御権と適正な聴聞手続の確保のため、旧69条により同手続の利害関係人に閲覧させることが法律に規定されていたが(後記9参照)、公正取引委員会は1991年以降、違反被疑事件関係資料を聴聞手続に直接関係のない第三者に提供しており、このことは極めて疑問であり、後記9において検討する。
3)米国連邦取引委員会では、違反被疑事件審査段階の事業者の秘密は厳格に保護され、違反に対しては罰則が定められている(FTC法10条(a)項;16 CFR4.10条(c)項)。また、違反被疑事件関係資料は、66年の公共機関の情報開示法(FOIA)の適用除外となっており(FTC法21条(f)項;CFR4.10条(d)項)、その資料は基本的に秘密資料であり、原則として第三者に提供されることはない。EUにおいても、違反被疑事件関係資料に関する守秘義務規定があり(理事会規則28条)、公共機関の情報公開法(01年理事会規則1049号)も原則として適用されず、08年の提案中の新理事会規則はその適用除外を明確にしており、違反被疑事件関係資料が第三者に提供されることはない。
4)事業者の秘密保護は、自由な市場経済にあっては取引上・競争上の重要な要因であり、違反被疑事件審査に関する情報の保護はとくに重要であり、秘密保護は少なくとも違反行為が確定されるまで必要である。

8.被聴聞者に対する違反事件関係資料の閲覧謄写の問題
1)事前聴聞手続においては、被聴聞者は、上記4(4)で検討したように、違反被疑事件に対する防御権として、また適正な聴聞手続の保障として、当該事件について審査官が収集した資料を原則として全面的に閲覧謄写する機会が被聴聞者に与えられる必要がある。法旧69条は、独占禁止法8章2節の排除措置のための審査審判手続の中の審判手続の中で規定されていたこと及び同法(並びに同規定)が米国法の影響を強く受けて制定されたことから考えてみて、旧69条が基本的に被聴聞者の防御権及び適正な事前聴聞手続の維持を目的として認められていることは明らかである。
2)法旧69条の「事件記録」について昭和46年7月17日の明治商事事件東京高裁判決は、審査官が審判低に提出した資料としたが、これは法70条の15(旧69条)の趣旨を誤解したもので適切ではない。法70条の15(旧69条)が被審人の防御権及び適正な審判手続の確保のために認められていること、同条項が米国法の強い影響の下で制定されたことから考えて、原則として審査官が当該違反被疑事件いついて収集した全資料が閲覧の対象である。
3)米国においてもEUにおいても、被聴聞者に対して、その防御権及び適正な行政手続の確保のために審査官が保有する当該違反被疑事件関係資料の全面的な開示が認められ、しかもその資料が膨大な量になるので資料に詳細な目次がつけられることになっている(上記4(4)5)及び6)参照)。

9.第三者に対する違反被疑事件関係資料の提供の問題(民事損害賠償訴訟との関係)
1)平成3年5月15日の公正取引委員会事務局長通達6号「独占禁止法関係に係る損害賠償請求訴訟等に関する資料の提供等について」は、「独占禁止法第25条に基づく損害賠償請求訴訟制度の有効な活用を図るため」、確定勧告審決等(排除措置命令等を含む)の事実認定の基礎とした資料を損害賠償請求訴訟に利用できるとして、違反事件審査関係資料が民事訴訟当事者等へ提供されてきているが、法律に秘密資料である違反事件関係資料の第三者に提供できるとする根拠規定はない(同通達は平成17年12月19日の事務総長通達により改正されている)。独占禁止法旧8章2節の手続は、公正取引委員会が同法違反行為に対して排除措置を採るための事前審査審判手続を規定しており(法45条1項・4項;法旧48条1項・旧49条1項)、法47条による強制的な審査権限も行政的な排除措置をとるための強制的な審査権限規定であり、その規定に基づいて収集した違反事件関係資料はもっぱら公正取引委員会が行政的な排除措置を採るための資料であって、その資料を民事損害賠償請求訴訟に利用させることはできないと考えられる。同通達は、「法25条に基づく損害賠償訴訟制度の有効な活用を図るために、裁判所又は訴訟当事者から求めがあった場合の資料提供等」を行うとして実施されてきている。しかし、法25条は、独占禁止法違反行為者に無過失損害賠償責任を認め、法26条はその請求権の裁判上の主張は審決が確定した後にできるとしているだけであって、この規定により秘密資料を第三者に提供する権限が公正取引委員会に与えられていると解することはできない。また、同通達は、その第3において、審決が確定する以前においても法70条の15(旧69条)に基づいて第三者の事件記録の閲覧謄写請求に応ずることとしているが、これは法70条の15(旧69条)の趣旨を誤認している。さらに、同通達第5は、その事務は官房審決訟務室又は地方事務所の総務課が行うとしているが、法70条の15(旧69条)の事件記録の閲覧は審判手続中の審判官の権限であり、審決訟務室等が行えるものとは考えられない。行政的な排除措置のために強制的権限の下で集められた秘密資料(違反被疑事件関係資料)を当該行政手続とは直接関係のない民事損害賠償請求訴訟を援助するために用いることは基本的にできない。
2)平成16年6月30日の公正取引委員会事務総局官房総務課審決訟務室の「独占禁止法第69条の規定に基づく閲覧謄写に係る基準」(平成17年12月に改正)は、上記平成3年の通達に基づいて設定され、法70条の15(旧69条)による事件記録の閲覧が審決訟務室の権限により審判手続における被審人以外の被害者等の第三者に広く提供できることしているが、法70条の15(旧69条)は、基本的に審判手続における被審人の防御権と適正な審判手続の確保を目的とした規定であり、同条の権限の行使は審判官が手続当事者の意見を聞いて行うべきものであって、仮に法70条の15(旧69条)の「利害関係人」に被審人以外の被害者等第三者が含まれるとしても、その対象者が閲覧できる対象事件記録はその必要性について審判官が手続当事者の意見を聞いて審判手続の中で厳正に審理し決定すべき問題であり、審決訟務室長の権限外の事項である。
3)事前聴聞手続中に第三者が別個の民事訴訟手続において法70条の15の事件記録を証拠として提出して被告を攻撃すると、被審人は2以上の争訟事案を同時に抱え聴聞手続におけるその防御権は重大な不利益を蒙り、法70条の15の基本的な目的である適正な審判手続の確保は困難になり、同条の目的に反する事態が生じる。
4)米国においてもEUにおいても、違反事件関係資料は基本的に秘密資料であり(上記7.3)参照)、事前聴聞手続において被聴聞者(被処分者)にその防御権として関係資料の閲覧謄写を認める以外に第三者にその閲覧謄写を認めることはない。EUにおいては委員会が強制的権限を持って収集した資料は、行政措置と判決の手続のために用いられるものであり、その開示はもっぱら告知事項の名宛人に対してのみである(05年委員会アクセス告示3項)。違反行為に関する被害者等の申告者は、聴聞手続で陳述する機会が与えられているが、資料の閲覧は告知書の公開用コピーのみである(04年委員会規則773号6条)。しかし、申告者は申告が拒否された場合には拒否に関する委員会の調査資料を閲覧することができる(04年委員会規則773号8条)。
5)米国においては、裁判所は民事損害賠償請求訴訟におけるディスカバリーの対象として特別法に基づいて行政機関が公権力の下で収集した資料は、民事訴訟における当事者主義の原則に基づく「特例的必要性の原則」により、特別の例外的場合を除いて、原則としてディスカバリーの対象にならない。米国法では証拠調べが行われた確定審決・確定判決に違反事実の一見明らかな証拠(prima facieevidence)になるとしている(クレイトン法5条(a)項参照)。
6)EUにおいては、2008年4月に独占禁止法違反の民事損害賠償請求訴訟に関する白書(COM(2008) 165final)を公表したが、そこでは集団訴訟の創設のほか、EU競争法に関するすべての訴訟が終了した確定判決(加盟国裁判所の判決を含む)に拘束的な証明力(bindingeffect)を与えること、また民事訴訟においては裁判官が競争当局に提出した被告資料を一定の要件(必要性・均衡性・対象資料の特定など)の下で証拠開示(disclosure)の対象資料として被告に命令しうる制度が検討の対象になっている。被告に対する証拠開示命令については、原告の独占禁止法違反の立証がかなり困難なので、最低必要限度(minimumstandard)のディスカバリーを認めるが、被告の負担が過大にならないように裁判官が適正な運用をすることとし、また競争当局の保有する資料の開示は全く検討の対象になっていない。
7)米国法曹協会(ABA)は、平成17年の独占禁止法改正後の新審査審判規則案のパブコメに対する意見書の中で、日本のリニエンシーにおいて提出した資料の第三者に対する秘密保護が明確でないので、外国企業は日本のリニエンシーを利用することはできないとしているが、日本における違反事件関係資料の第三者に対する秘密保護制度を整備しない場合には、国際的な協調体制が崩れるおそれがある。また、ABAは、前記EUの損害賠償訴訟関係白書に対するパブコメ意見書の中で、当該証拠開示命令の慎重な運用を提案すると同時に、確定判決に拘束的な証明力を持たせることは適正手続による事実認定の見地から疑問であるとしていることにも留意する必要がある。
8)上記の諸点を考慮すると、民事損害賠償請求訴訟を援助するための措置については、米国及びEUにおけるこの問題に対する措置を考慮の上、民事訴訟法との関係も考慮して、抜本的に見直すことが必要であると考えられる。

10.私的独占等に対する課徴金賦課の問題
1)昭和52年の独占禁止法改正における価格カルテルへの課徴金制度の導入は、価格カルテルが密かに行われ、それによる超過収益が大きく、かつ違反が発覚すればすぐに止めてしまい、やり得になり、行政的な排除措置では対策として不十分であり、違反事件も多いこと等を理由としていたが、それに対して「私的独占」の場合にはやり得という性格の行為ではなく、有効な排除措置が定められ、事件も判例も少なく、私的独占の中核的要件である他の事業者の「支配」又は「排除」という要件行為は現実の競争状況の中で不明確であり、価格カルテルの要件行為である「競争事業者間の価格に関する合意」のように具体的かつ明確ではないので、この「私的独占」に対して課徴金を直ちに課することは適切ではない。「私的独占」は基本的に単独事業者の行為であり、その要件である「支配」行為又は「「排除」行為は通常の「取引行為」又は「競争行為」と区別しがたく、その行為に高額の制裁金を課すことは、正常な取引行為・競争行為を萎縮させ、適切ではない。
2)米国では「当然違法の原則」(per seillegal)が適用される「裸の価格カルテル」(naked priceagreement)に対してのみ厳格な刑事罰が科せられ、裸の価格カルテル以外の「合理の原則」(rule ofreason)が適用される私的独占・不公正な取引方法などに対しては排除措置のみが採られている。私的独占などは基本的に単独事業者の行為であって、米国では単独事業者の行為について不明確な要件の下で制裁金を課することは、単独事業者の事業活動・競争活動を萎縮させ、競争活動を弱体化し、独占禁止法の競争促進目的が阻害されるとして、排除措置のみで対応している。
3)私的独占の具体的な要件行為は、他の事業者の「支配」行為又は「排除」行為であり、その典型的な行為は「不公正な取引方法」であるので、私的独占に課徴金を課すとすれば、この不公正な取引方法(法2条9項参照)の一部関係行為を具体的に指定して課徴金の対象とし、かつその指定手続の結果については司法審査に服することとして、規制対象行為を特定しその要件を明確にした後に、課徴金を課すことが適切な方法である。米国連邦取引委員会は、不公正な取引方法を一定の意見聴取手続の下で指定して対象行為を明確にし、かつその指定行為を司法審査に服させた後、民事制裁金を課する方法を採っている(FTC法5条(l)項・(m)項;18条;19条)。米国ではやり得になりやすい多くの不当表示事件は、この民事制裁金の対象になっている。

11.課徴金額の上限と裁量基準の法定化
1)平成20年の国会に提出された独占禁止法改正案では、カルテルの首謀者に対する課徴金は50%増としているが(法律案要綱第1の2)、このことは課徴金制度が価格カルテルによる超過収益の剥奪ではなく、制裁金としての性格を持っていることを示している。
2)課徴金が制裁金であるとすれば、その上限を設定し、違反行為の態様とその審査に対する対応を反映させた裁量基準を法定化することが適切である。 米国及びEUでは、制裁金に上限を定め、裁量基準を法定化している。
3)裁量基準には企業内コンプライアンスの在り方や審査に対する協力の在り方が含まれると考えられるが、適正な裁量基準の設定は事業者の事業活動の指針ともなり、また審査にも協力しやすくなり、それは事業者規制機関の双方にとって利益となり、それは公正競争の促進に貢献をもたらすものと考えられる。

12.独占禁止法手続の国際的ハーモナイゼーション
1)現在100カ国以上の国が独禁法をもっているが、グローバル経済の急速な進展に対応して独占禁止法の運用の国際的ハーモナイゼーションの必要性は極めて重要になっている。独占禁止法が実態に即した判例法的性格を持っていて規制内容が流動的であることから、独占禁止法の執行手続の国際的調整が重要である。
2)先進国の中では米国法とEU法の独占禁止法の執行手続は基本的に調整されているので、それと日本法の執行手続の調整が急務である。
3)調整を必要とする独占禁止法手続の主要項目は、審査手続、事前聴聞手続、聴聞主宰官の独立性、審査官保有資料の被聴聞者に対する全面的閲覧、違反事件関係情報の第三者に対する秘密保護など行政における「適法手続の保障」の側面である。
4)日本は独占禁止法の執行手続を先進国の執行手続に調和させた後、アジア諸国等の独占禁止法の執行手続の調和に貢献すべきである。

添付資料
○ 独禁法手続研究会名簿
○ 審議経過表
○ 独占禁止法違反事件処理手続の米国・欧州連合・日本(旧法)の比較表:
○ 参考文献目録
研究会議事録・検討事項、意見陳述要旨等は、競争法研究協会のHPで入手できる。

以上

 

 

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