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  • 2010/03/30
  • 独禁政策研究提言
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平成22年独占禁止法改正案に関する意見

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競争法研究協会は、平成22年3月12日に国会に提出された独占禁止法執行手続に関する改正法案に関して、以下の通り意見を提出します。

【意見の要旨】

  1. 改正法案は、現行独占禁止法の事後審判制度を廃止し(現行法52条から68条までの削除)、公正取引委員会の最終処分に対して不服のある者が裁判所に救済を求めることとしているが、このことについては、憲法31条の適正手続の保障の見地から基本的に賛成である。
    ただし、第一審を地方裁判所にすることが適切であるか否かは、処分前手続の充実化と関係があり、慎重に検討される必要がある。

  2. 改正法案の処分前手続に関する規定(改正後の49条以下)は、平成21年12月9日の政府の「基本方針」における「処分前手続の充実化・透明化」に対応するものではなく、被処分者の権利保護のために「処分前手続の充実化・透明化」が十分に図られるべきである。

  3. 処分前手続との関連において、独占禁止法の適正な執行手続のためには、被処分者の同意を得て行う同意命令手続が導入される必要がある。

  4. 改正法案附則16条は、公正取引委員会の行政調査手続における手続保障の在り方に関する検討を規定しているが、この点については積極的に賛成である。

  5. 経済のグローバル化の下で独占禁止法執行手続の国際的調和の必要性が急速に高まっているが、この視点が今回の改正においても重視される必要がある。

I 事後審判制度の廃止

     改正法案は、平成17年改正で導入した事後審判制度を廃止しているが、公正取引委員会が正式に行った行政処分に対する不服を同じ公正取引委員会が審理することは、憲法31条の「適正手続の保障」に違反する疑いがあり、それを廃止して、裁判所に救済を求めるようにすることには賛成である。
    ただし、後述の行政処分前手続が十分に充実整備された場合には、第一審を地方裁判所にするか高等裁判所にするかは慎重に検討する必要がある。

II 処分前手続の充実化・透明化の問題

  1. 処分前手続の充実化・透明化の必要性

  2. (1)被処分者の権利保護の必要性
    憲法31条は、「何人も法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪われ、又はその他の刑罰は科せられない。」と規定し、この規定は刑事処分だけでなく、行政処分にも適用され(平成4年7月1日最高裁判決等)、またこの憲法31条は米国憲法修正5条の適正手続規定(due processoflaw)に強く影響されているが、処分前手続の充実化・透明化は、「適正手続の保障」の下における行政庁の民主的な在り方及び基本的人権の保護の問題と密接な関係がある。
    この憲法上の「適正手続の保障」に基づく行政手続法の第3章は、行政庁が重大な不利益処分を行う場合には聴聞手続を採るべきことを定めている。改正法案は70条の11により、行政手続法の適用除外を定めているが、適用除外の合理的な根拠は考えられない。独占禁止法のように市場経済に基本法として市場参加者の自由を確保するための法律は、最も民主的な執行手続を必要とする法律であって、この独占禁止法の執行手続きについて行政手続法の適用除外することは不可解である。独占禁止法の行政処分では、事業者に対し、営業の一部譲渡・重要な事業活動の禁止・事業者団体の解散等の排除措置(7条1項・8条の2等)及び数十億円にも及び得る課徴金納付命令を定めており、またこの行政処分に伴って株主代表訴訟、損害賠償請求訴訟が随伴する場合が多く、公正取引委員会の行政処分は重大な不利益処分に該当することは明らかである。したがって、公正取引委員会の行政処分においては、憲法31条の「適正手続の保障」の見地から、被処分者の権利保護のための必要最小限度の措置としてこの行政手続法で定める事前聴聞手続が採用される必要がある。
    平成17年改正前の独占禁止法においては、事前審判制度が採用され(旧49条以下)、行政手続法より整備された準司法的な事前聴聞手続が採られていたので、事前審判制度が行政手続法の聴聞手続以上に憲法31条の保障があることを確認する趣旨で行政手続法の適用除外規定を置いていたのであり、平成17年改正により、事前審判制度が廃止された時点で、この適用除外規定の理由はなくなったと考えられる。増して、事後審判制度が廃止されれば適用除外の理由は全くなく、行政手続法の適用除外を行うことは憲法31条に抵触する疑いが強い。

    (2)独占禁止法の特性から要請される必要性
    独占禁止法は市場経済体制の基本法であり、市場参加者の経済的自由を保護する法律である。市場では参加事業者の利害は錯綜しており、同業者でも競争の中で利害は相互に対立している。現在どの国の独占禁止法でも違反事件の端緒は、当該市場の関係事業者である場合が殆どである。したがって、公正取引委員会の事件調査手続がこの一部事業者の申告に基づいて行われる場合には、その調査手続は市場関係者の錯綜した利害関係が客観的・中立的に把握できるように進められる必要があると同時に、調査が終わった後の処分前手続においては被処分者の権利保護が十分に考慮されて公正かつ中立的に行われることが「公正かつ自由な競争」(公正競争ルール)の確保を目的とする独占禁止法の適正な適用に必要不可欠であり、このためには慎重な事前聴聞手続が必要である。しかし、行政処分の事前手続であるので、聴聞手続は1年程度で終了する必要がある。また、独占禁止法の規制には、「競争の実質的制限」又は「公正競争阻害性」という抽象的な要件が含まれており、このような規定の適正な運用のためには慎重な事前聴聞手続によりできるだけ具体的な事案の審理が行われる必要がある。
    米国・欧州連合など先進市場経済国・地域の独占禁止法の執行手続では、以上の理由から充実した事前聴聞手続が整備されているが、原則として1年程度で終わらせることを原則としている。
    政府の平成21年12月9日の「基本方針」は、事後審判制度の廃止に伴う制度として、「行政前手続の充実化・透明化」の観点から「行政手続法上の聴聞手続における手続保障の水準を基本とした事前手続を行うこととし、改正法案において規定することとする。」と規定し、「聴聞手続」の導入を予定していた。しかし、この聴聞手続は、改正法案では規定されていない。
  1. 処分前手続の充実・透明化の内容

  2. (1)行政手続法の事前聴聞手続の内容
    行政手続法は、行政庁が重大な不利益処分を行う場合に聴聞手続を行うこととしている(13条)。そして、聴聞手続の方法として、①不利益処分の内容・根拠法令・不利益処分の原因となる事実等に関する不利益処分の名あて人に対する書面による通知(告知)義務(15条)、②代理人(弁護士等)選任権(16条)、③参加人の許可(17条)、④文書等の閲覧(18条)、⑤聴聞主宰者の中立性(19条)、⑥聴聞期日の冒頭における行政庁職員による上記①の具体的な説明義務(20条1項)、⑦聴聞期日における当事者等の意見陳述・証拠の提出等の権利(20条2項以下)、⑧当事者の陳述書・証拠書類の提出権(21条)、⑨続行期日の指定(22条)、⑩聴聞調書及び報告書の作成・閲覧義務(24条)、及び⑪聴聞の再開(25条)を定めている。
    行政手続法20条5項は、「当事者又は参加人の一部が出頭しないときでも、聴聞の期日における審理を行うことができる。」と規定し、同法21条1項は、「当事者又は参加者は、聴聞の期日への出頭に代えて、陳述書及び証拠書類等を提出することができる。」と規定しているが、これは聴聞手続が短期間に終了することを考慮しての規定であると考えられる。
    行政手続法の原則を尊重した事前聴聞手続の例としては、金融商品取引法に基づく事前審判手続があり同法第6章の2第2節178条以下)、同手続はインサイダー取引などの不正行為をフェアプレーの観点から規制する場合の聴聞手続であるが、独占禁止法の規制の場合には、フェアプレーの観点からの聴聞手続の採用の必要性はさらに重要であると考えられる。

    (2)独占禁止法の聴聞手続の場合の重要事項——聴聞官の独立性と資料閲覧制度
    独占禁止法の規制問題は、利害が錯綜する特定市場の事業者間の紛争に関連する問題から生じるものであり、その複雑な利害をもつ事実関係の認定には、暗黙の了解の認定、利害対立の客観的な把握など極めて微妙な事実認定が含まれるので、公正取引委員会の調査手続及び調査終了後の聴聞手続の審理においては公正性・客観性が強く求められる。
    独占禁止法違反事件の聴聞手続においてまず第1に重要なことは、上記2(1)の⑤の問題と関連するが、聴聞官の中立性・独立性であり、上記の理由から一般の場合以上に中立性・独立性が必要である。違反事件の調査は、殆どの場合関係事業者の一部からの申告に基づいて開始されるが、公正取引委員会から調査を命じられた審査官が申告事実に基づく被疑事実の調査を行い(45条・47条)、その調査に基づいて委員会で承認された行政処分案について聴聞手続で事案が審理されるのであるから、聴聞官の独立性は基本的に違反の疑いを懐いて調査を命じ処分案を承認した委員会からの独立性であり、この聴聞官の独立性は明文で保障される必要がある。したがって、事案の審理は委員会からの独立性が保障された聴聞官が主宰する手続が必要である。
    米国連邦取引委員会の準司法的な聴聞手続(adjudicativeprocedure)を主宰する聴聞官は、委員会から完全に独立した行政法判事であり、その任免等は行政判事庁長官が委員会からは独立して事案ごとに任命している(連邦規制規則16編 [16 CFR]3.42条等:FTCのHPで入手可能)。米国司法省反トラスト局の場合には、司法省は裁判所に措置請求を行うのであって、司法省から完全に独立した裁判所が事案を審理して処分を行うのである。欧州委員会の聴聞官(Hearing Officer)は、完全に独立して(in fullindependence)行動すると規定されている(04年欧州委員会規則773号14条1項:EUのHPで入手可能)。
    第2に重要なことは、上記2(1)④の文書等の閲覧である。公正取引委員会の調査官(審査官)は被疑事実の調査について強力な強制的調査権限が与えられており(47条)、審査官は膨大な資料を収集し、その中から違反を立証するための資料によって処分の根拠となる事実を認定する。この膨大な資料の中には、市場参加者は相互に競争し対立しているのであるから、違反を明らかにする資料(黒の資料)とともに違反でないことを明らかにする資料(白の資料)も含まれており、これらの資料の全体を比較考慮して客観的に事実を実質的な証拠に基づいて認定しなければ、当該市場の実態に即した中立的な事実認定はできない。そのためには、まず審査官が事件の調査段階で中立的・客観的に調査することが必要であるが、聴聞手続において被聴聞者(被処分者)は、審査官がその事件のために収集した膨大な資料を原則としてすべて閲覧し、白の証拠を利用する機会が与えられる必要がある。また、被処分者はこの全面的な資料閲覧によって審査官により公平・中立的に事件の調査が行われたか否かも検証することができる。一種の調査の可視化の問題である。
    米国では審査官の収集した全資料について目録をつけて被聴聞者に閲覧(discovery)させることが義務づけられており(連邦規制規則16編[16 CFR]3.1条以下)、独占禁止法施行当局が保有する白の証拠(exculpatoryevidences)が資料閲覧の対象になることは、古くから最高裁判決で確認されている(Brady v. Maryland, 573 U.S.83,86-88 (1963))。
    欧州連合においては、1990年代後半から競争法の近代化政策が実施され、その中で同法の執行手続の再検討が行われ、ごく一部の例外を除いたすべての委員会資料(目録つき)へのアクセス(access to the Commissionfile)が関係事業者に対して保障され全資料に目録が付されて閲覧に便宜を与えることになった(2003年理事会規則1号27条2項;04年委員会規則773号第3章;05年の委員会資料閲覧謄写規則に関する委員会通達)。被聴聞者は、このような閲覧謄写権によって違反の立証に必要な黒の資料(inculpatory document)のみならず違反でないことを立証するのに必要な白の資料(exculpatorydocument)を含む全資料(alldocuments)を閲覧し、それを謄写して反対証拠として提出する権利を持っているのである。この権利を侵害する場合には、その事件の処分決定は無効になる(1995年のソーダ灰に関する欧州第一裁判所のソルベー事件判決 [Case T-30/91]等)。

  1. 改正法案の処分前手続の充実化の問題点

  2. (1)基本的な問題点
    平成21年12月の独占禁止法改正の「基本方針」の第2の(3)「処分前手続の充実化・透明化」では、前述したように、「行政手続法上の聴聞手続における手続保障の水準を基本とした事前手続を行うこと」と定めていたが、改正法案では「基本方針」の「行政手続法上の聴聞手続」は「意見聴取手続」に変更されていることが最大の問題点である。
    改正法案の処分前手続は、改正法案49条に「公正取引委員会は、排除措置命令をしようとするときは、当該排除措置命令の名あて人となるべき者について、意見聴取を行わなければならない」とし、50条以下にその手続が規定されているが、これは現行法の「意見陳述」(49条3項)を若干修正した「意見聴取手続」であり、行政手続法上の「聴聞手続」ではない。行政手続法は、憲法31条(適正手続の保障)の観点から重大な不利益処分を行う場合の規準として「聴聞手続」を規定しているが、改正法案の「意見聴取手続」は、行政手続法の「聴聞手続」の基本基準を充足していない。行政手続法では、文書の閲覧は「当該不利益処分の原因となる事実を証する資料の閲覧」であり(同法18条)、この資料には黒だけでなく公正な行政処分が行われるための白の資料も含まれると考えられるが、改正法案では「公正取引委員会の認定した事実を立証する証拠の閲覧」であり(改正法による52条1項)、この証拠は黒の証拠に限定されていると考えられる。改正法案の「意見聴取手続」は、行政手続法の「聴聞手続」ではなく、「弁明の機会の付与」であるといえよう。この「意見聴取手続」によって「処分前手続の充実化・透明化」が行われたとは言えないのであって、上記政府の「基本方針」に反し、憲法31条に抵触するおそれがあると考えられる。
    被処分者の「意見聴取」は、本来、事件の調査中において公正・中立的な調査の見地から十分に行われるべきことであり、調査が終了した後の処分前手続としては被処分者の防御権として「聴聞手続」が必要であり、この時点で意見聴取手続が採られてみても、それが被処分者の権利保護になるとは考えられない。「意見聴取手続」は、行政手続法では「弁明の機会の付与」であるが(13条1項2号)、この「弁明の機会の付与」は「当該不利益処分の性質上、それによって課される義務の内容が著しく軽微なもの」について行われるものであり(13条2項5号)、独占禁止法違反行為の処分がこの「著しく軽微なもの」であるとはいえない。
    そして、事前聴聞手続は、独占禁止法の場合には上述の関係資料の全面的閲覧の機会の保障と密接に関連していることが十分に留意される必要がある。事前聴聞手続と関係資料の全面的閲覧の機会の保障とは、事案の調査手続の公正性を担保する機能があり、この三者は一体となって被処分者の権利保護・防御権の保障を構成している。
    経済のグローバル化に伴って、日本市場にも多数の外国事業者が参入し活動しており、日本市場における公正競争にとって外国事業者の活動は重要性が高くなってきているが、外国事業者が事前聴聞手続なしに一方的に処分されれば、その影響は日本の事業者より強いのである。処分前に外国事業者の主張が十分に聴取される聴聞手続の必要性が高いと同時に、このことは経済のグローバル化の状況の下における独占禁止法の公正競争維持のための重要課題である。

    (2)第一審機能としての地方裁判所の審理との関係
    改正法案は、被処分者の権利は公正取引委員会の処分後に地方裁判所において保護するとしているとも考えられる。しかし、被処分者の権利保護の問題は、上記2で述べたように、行政処分前手続において被処分者の意見が公正な聴聞手続の下で保障される必要があるのであり、行政処分後の問題ではないのである。特に我が国の場合には、三権分立が明確であり、裁判所は公共的見地から行われる行政庁の処分に対しては重大な瑕疵がなければ容認する傾向があるので、被処分者の権利保護は処分前手続で保護される必要性が高いのであり、行政処分が行われた後における被処分者の権利保護は極めて制約されており、そこでは被処分者は不利な立場に立たされる。行政処分前の聴聞手続において独立性の高い聴聞官の下で、審査官の収集した全資料を原則として閲覧できる機会が保障された公正な審理を確保することによって初めて被処分者の防御権は保護されるのである。
    米国司法省は、連邦地方裁判所に独占禁止法違反行為を訴追するが、司法省が地方裁判所に対して行うのは措置請求である。違反行為に対する処分は、慎重な裁判手続を経た後に裁判所が行うのであり、この場合裁判手続が処分前手続である。この裁判手続においても、関係資料の全面的な閲覧(ディスカバリー)は保障され、それが事案調査手続の公正性を担保しており、ここでも三者が一体となって被処分者の権利保護が保障されている。カナダ、イギリス等でも同様である。裁判所の裁判官は独立性が高く、司法省所有の資料開示も原則としてすべての資料が対象になり、白の証拠(exculpatoryevidences)が含まれる。ここでも処分前手続の充実化が整備されている。
    処分前手続は、その手続において規制機関がその事件のために収集した全資料が被処分者に開示される機会が与えられて、事案が中立的・客観的に審理されることが重要なのであって、行政庁の処分後の処分をレビューするための事後審理とは全く異なるのである。処分前手続は、いわば料理の検討を原料食材の検討から行うものであり、出来上がった料理を事後的に検討する事後審理手続とは基本的に異なるのであり、独占禁止法の執行において被処分者の権利保護のために必要なことは、処分前手続の充実であり、それは事前聴聞手続である。そして、聴聞手続は調査手続の公正性の検証機能も持ち、両者は表裏一体となって被処分者の防御権を構成しているのであって、処分後の事件審理手続とは別の問題である。
    被処分者の権利保護の見地からは、公正取引委員会における処分前手続の充実が重要なのであって、処分前手続の充実化が行われ準司法的な聴聞手続が整備されれば、事後救済措置としての第一審裁判所を地方裁判所にすることが適切であるか高等裁判所が適切であるかは、聴聞手続の内容を検討して決められるべき問題であると考えられる。米国連邦取引委員会の聴聞手続を経た審決に対しての第一審裁判所は控訴裁判所である。
    また、公正・中立的な事件調査手続及び聴聞手続の下で被処分者の防御権が尊重される仕組みの下で、公正取引委員会の専門性が充実され、市場経済の実態に即した判例が形成されるのであって、一方的な専断的法執行は公正取引委員会の専門性を弱体化し、長期的にみて独占禁止法の執行力強化にはならないと考えられる。

    (3)改正法案における手続主宰者の独立性の問題
    改正法案は、意見聴取手続の主宰者について「公正取引委員会は、意見聴取を主宰する職員(指定職員)について当該事件の調査に関する事務に従事したことのある職員を指定することはできない」と規定しているだけで(53条)、手続主宰者の委員会からの独立性については何も規定していない。

    (4)改正法案における証拠の閲覧・謄写の問題
    改正法案は、「当事者は、当該意見聴取に係る事件について公正取引委員会の認定した事実を立証する証拠の閲覧又は謄写を求めることができる」と規定しているが(52条)、ここで閲覧謄写の対象となっているのは、黒の証拠であり、白の証拠は除外されているので、当事者は白の証拠を用いて当事者の主張を有利に主張することには役立たないのであり、これは独占禁止法における本来の資料閲覧制度の趣旨に反する規定である。既に上記2(2)で述べたように、米国及び欧州連合の独占禁止法上の資料閲覧制度は、白の証拠を含む全資料を被聴聞者に閲覧する機会を与えることが主眼であり、規制機関がその閲覧を拒絶すれば被処分者の防御権の侵害となり、その行政処分が取消の対象となるのである。

  1. 平成19年6月の内閣府・独占禁止法基本問題懇談会の報告書の提案等との関係

  2. (1)平成17年独占禁止法改正法附則13条は、同改正法による事後審判制度の導入等について見直し規定を置いており、この規定に基づいて内閣府に独占禁止法基本問題懇談会(座長・塩野宏東京大学名誉教授)が設けられ、同懇談会は海外の独占禁止法執行制度を含めて調査検討し、平成19年6月に報告書を公表したが、そこでは将来の審判制度の在り方として事前審査型審判制度を提言した。事前審判型制度は、独占禁止法が昭和22年に制定されて以来平成17年改正まで約60年存続してきた制度であり、米国の連邦取引委員会の事前聴聞制度をモデルとして導入されたものであって、基本的に準司法的な事前聴聞制度である。ただし、平成17年改正前の事前審判制度の運用では、審判官(聴聞官)の独立性の保障規定がなく、審査官手持ち資料の閲覧は審査官が審判廷に提出した黒の資料のみに制限されて白の資料の閲覧は認められない運用が行われ、被審人(被処分者)の防御権が制限されて運用されていた上、審判期間が5年を超える状況が続くなど制度運用に弊害が生じていた。平成17年改正は、独占禁止法の執行力強化の観点からこの事前審判制度を廃止して事後不服審査型審判制度に改めたが、本来、被処分者の防御権を尊重して事前審判制度の廃止ではなく、その抜本的運用改善を図るべきものであったと考えられる。審判期間の長期化は、審判を主宰する審判官の努力で改善できたはずであり、独占禁止法は被審人が審判に出頭しなくても手続を進め得ることを規定していたのである(旧52条の3;現57条;なお行政手続法23条参照)。現に、米国及び欧州連合では、聴聞手続は1年程度で終了している。

    (2)多数の経済法学者有志は、平成20年4月及び平成22年1月に内閣府の上記懇会提案の事前審査型審判制度の導入を提言した(法律時報80巻5号95頁)。日本経済団体連合会は、平成21年10月20日の意見書において事後審判制度の廃止を提言するとともに、行政処分前に「十分な事前聴聞手続が行われることを法律上明確にすべきである」と要望し、経済同友会は平成20年11月27日の意見書において「審判制度は、必要な改善を行った上で、『事前審査型』審判方式に改めるべきでる」と提言している。競争法研究協会は、平成20年10月及び平成22年1月に事前聴聞制度の導入を提言し、独占禁止法関係弁護士の団体である競争法フォーラムは平成22年2月に行政処分前手続の充実化を強く要望している。

    (3)独占禁止法の執行手続に関する上記各方面の提言は、事前聴聞手続の導入の必要性を強く要望しており、平成21年12月の政府の改正法案の「基本方針」は処分前手続として事前聴聞手続の導入を規定していたが、今回の改正案では何の説明もなく事前聴聞手続は採用されていないのである。

III 同意命令手続の問題
  1. 略式手続としての同意命令制度

  2. 行政処分はできるだけ相手方に処分の趣旨を理解させ、その同意を得て実施することが民主的制度の下では適切である。米国では被処分者が応諾する場合には排除措置等について交渉の上で実施する略式の同意命令制度(consent order agreement;consentjudgment;settlement)が整備され(Tunney Act; 16 CFR2.31条)、大半の独占禁止法違反事件はこの同意命令制度により終わっている。合併規制の場合には合併を容認する代わりに傘下子会社等を処分する交渉が行われ、独占事件の場合にも排除措置の内容は交渉により同意命令で行われる場合が多い。欧州連合の場合にも同意命令制度(commitments)が導入され、大半の事件はこの制度で処理されている(03年理事会規則1号9条)。
    我が国の場合も、平成17年改正までは、勧告制度(旧48条)と呼ばれる同意命令制度が法制定以来存続し、大半の独占禁止法違反事件はこの勧告制度で処理されてきたが、平成17年改正で執行力強化の観点から廃止され、すべて正式の排除措置命令及び課徴金納付命令で実施されることになった。

  3. 同意命令制度の必要性

  4. 改正法案は、独占禁止法違反行為があった場合には、排除措置命令及び課徴金納付命令を行うこととし、現行法と同様に、同意命令制度を認めていない。
    相手方の応諾の有無を考慮することなく専断的に行う正式命令制度は、一時的に執行力強化になるとしても、長期的に見れば相手方を納得させて命令を出す同意命令制度を略式手続として並存させた方が被処分者側の信頼感を強め、長期的にみて独占禁止法の執行力強化になると考えられる。また、行政措置には選択的な側面もあり得るのでこの点から同意命令制度は必要である。それ故、各国の独占禁止法執行手続において正式命令のほかに、略式の同意命令制度が導入されている。行政処分においては、合理的で適正な行政措置を採ることが目的なのであるから、正式命令以外に相手の同意を得て行う同意命令には理由があり、平成17年改正で執行力強化の観点から同意命令制度を廃止したことは疑問であり、同意命令制度を再導入することが望ましい。

IV 行政調査手続における手続保障の在り方の問題
  1. 独占禁止法調査手続に関する改正法附則16条の問題

  2.   改正法案附則16条は、「政府は、公正取引委員会が事件について必要な調査を行う手続において、・・・事件関係人が十分な防御を行うことを確保する観点から検討を行い、この法律の公布後一年を目途に結論を得て、必要があると認めるときは、所要の措置を講ずるものとする。」と規定している。そして、平成22年3月10日に内閣府政策会議の参考2の資料では、この点に関し、「弁護士立会権・秘匿特権等の、被処分者の適正な防御権を確保する方策については、中立的な検討の場において、平成21年独占禁止法改正法に係る付帯決議を踏まえた検討を行い、原則として、検討開始後1年以内に、結論を得ることとする。」と記載され、(参考)として「公正取引委員会が行う審尋や任意の事情聴取等において、事業者側の十分な防御権行使を可能とするため、諸外国の事例を参考にしつつ、代理人の選任・立会い・供述調書の写しの交付等について、・・・前向きに検討すること」(平成21年改正法案附帯決議)が添付されている。
      この規定は極めて重要であると同時に、独占禁止法の違反事件調査手続の改善のために極めて有益な規定である。

  3. 事件調査手続の問題点とその背景等

  4. 独占禁止法の規制対象行為は、市場における事業者の行為であるが、市場における関係事業者はそれぞれ独自に自己の利益を求めて相互に競争し営業活動を行っているのであり、関係事業者は錯綜した利害関係の中にある。このような状況の下で、独占禁止法違反事件の殆どは、関係事業者の一部からの申告を端緒として調査されているのであり、この観点からいえば、独占禁止法は自由市場における市場参加事業者間の利害衝突を「公正競争ルール」により規制する立場にあると考えることができる。したがって、公正取引委員会にとって一部の事業者からの申告は事件調査の端緒として重要であるが、それはあくまで端緒であり、それから開始される調査は厳格に中立的・客観的であって、市場参加事業者の行動が正しく把握され、フェアプレーの原則に立った中立的・客観的な調査が行われることが重要であり、調査方法の公正性・客観性が強く求められる。
      現実の違反事件調査においては、審査官は一部事業者からの申告を調査して独占禁止法違反の被疑事実が整理されると、法47条の強制的調査権限に基づいて立入検査、関係資料の提出、報告命令等が行われる。この予断に基づく調査により膨大な資料が収集されるが、証拠として決定的に重要な意味を持つのは法律に規定のない任意の事情聴取に基づく「供述調書」(審査規則13条)である。この任意の事情聴取は、審査官が強制的調査権限を持っているため、事実上それを拒否できないのであるが、2人以上の審査官により個室で被疑事実(予断)に基づく様々な質問により行われ、重要参考人の場合には数回に分けて数十時間にわたって聴取が行われ、それが1時間程度の供述調書にまとめられて、読み聞かされ、署名押印させられるが、この予断を背景にした任意の供述調書による方法は必ずしも中立的・客観的に行われるものとは言いがたい。調書には質問は記載されず、自主的に陳述した形に直されており、供述内容は整理され抽象化され、作成された調書の修正は極めて困難である。供述調書は、陳述者の陳述内容の客観的な記録ではなく、審査官が一定の被疑事実に基づく予断を懐いて質問し、違反事実の証拠として用いるために作成された調書であるので、供述者はその調書が正確でないとして不満を持つ場合が多い。「任意の事情聴取」は、実際は極めて前近代的な調査方法であり、そこでは職人芸のような方法で「供述調書」が巧みに作成される。したがって、後に審判が行われる場合に、供述者は審判廷において参考人として出頭し、宣誓の上供述調書を否定する場合があるが、通常審判官は供述調書が任意に供述され、任意に署名押印されていることを理由に、供述調書を宣誓証言よりも優先する証拠として採用される。一つの事件で供述調書は多数作成されるが、審判廷に審査官により提出される調書はごく一部であり、被審人が他の供述調書の閲覧を求めても通常拒絶されて閲覧することができない。違反事件の事実認定で決定的に重要なのが任意の供述調書であるが、その供述調書が、一部の事業者の申告事実に基づく審査官の強い予断の下で、密室で作成されているので、価値判断の異なる他の事業者の供述人がその供述調書に対して強い不満を持っているのが実情である。

  5. 違反事件調査における問題点の改善策

  6. (1)具体的な問題点の改善策
    独占禁止法違反事件調査手続における前近代的な調査方法の問題点を改善するためには、まず第1に、審査官が事件調査に当って、市場経済においては関係事業者間には複雑な利害関係があることを十分に考慮して、調査手続における被処分者の防御権を尊重し、公正かつ中立的に調査を行う原則を十分に認識することが基本的に必要である。刑事訴訟法第1条は、「この法律は、刑事事件につき、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現することを目的とする。」と規定しているが、同様の規定を独占禁止法執行手続規定にも規定し、調査が「事案の真相」の把握にあることを審査官によく認識させる必要がある。第2に、審査官が一部事業者からの申告により被疑事実を整理した場合に、それが違反事件調査の端緒に過ぎないことを十分に認識し、申告された被疑事実を慎重に分析して中立的・客観的な具体的な質問事項を整え、報告聴取や事情聴取の際にはできるだけ論理的な分析方法を用いて具体的客観的な質問事項を作成し、その質問によりイエス・ノーで回答できるように、調査方法を透明化・客観化することが重要である。このためには、「任意の供述調書」によるよりは、質問事項を明確にして回答を求める「報告命令書」を用いる方法を用いることが必要である。この方法の場合、違反に対しては罰則の適用が行われる必要がある。報告命令違反に対する罰則の適用は、回答者にとって負担が大きいが、この調査方法は透明性が極めて高く、長期的にみて合理的であり適切である。米国や欧州連合では、この方法が用いられている。また、国際的な事件の調査においては、外国に所在する外国事業者に対する調査方法としては、この方法以外には実効性のある適切な調査方法はない。
    関係事業者に出頭を命じて審尋する場合又は任意に出頭させて事情聴取を行う場合には、弁護士の立会いが認められて、密室における不当な誘引尋問や事実上の強制による署名押印が防止されると同時に、調書には審査官の質問が明記されて透明性が確保され、供述者に調書の訂正権と調書の写しの交付が認められるべきである。

    (2)米国及び欧州連合の調査手続における防御権の保護
    米国連邦取引委員会の違反事件調査手続では、報告命令、資料提出命令及び出頭供述命令(subpoena)により事件調査が行われる。調査においては、調査の目的の通告(16 CFR 2.6条)、弁護士の同伴(16 CFR2.9条(b):FTC法20条(c)(12)(b))、証言記録の写しの交付(16 CFR2.9条(a):FTC法20条(c)(12)(G))などが保障されている。司法省反トラスト局の民事調査手続においても同様である。反トラスト局長は、2009年の国際法曹協会(IBA)の会合における「手続上の公正性」と題する講演で、独占禁止法の執行手続における公正性の確保は、関係者及び規制官庁の両者にとって重要であり、規制官庁は調査権限を一方的に行使するのではなく、電子情報を含む情報提出命令なども当事者と協議して調査が行われ(timing agreements)、調査の公正性と効率性は表裏一体の関係にあると述べている(C.A.Varney, ProceduralFairness:司法省HPで入手可能)。上記調査では立入検査権限はないが、司法省の刑事調査手続の場合には、大陪審の監督の下で立入検査も調査も行われる。外国所在の外国事業者に対しては報告命令が用いられるが、名宛人が命令に違反する場合には、名宛人が米国に入国した際に空港等で逮捕されることになる。
    欧州連合競争総局の違反事件調査においては、相手方に対し、法令上の調査目的と根拠を通知し(04年委員会規則773号3条1項)、陳述記録の作成とその写しの交付が保障され(同条3項)、当局の事情聴取の際の弁護士同伴が認められている。

    (3)違反事件調査手続の公正性の保障と聴聞手続との関係
     違反事件調査手続の公正性の保障と調査終了後の聴聞手続とは密接な関係をもっている。調査手続における審査官の不公正行為は聴聞手続において審理対象になり得る。特に審査官手持ち資料の全面的閲覧制度は、それにより調査手続における不正行為の検証にとって重要である。審査官の収集した資料全体から合理的に違反事実を認定できるか否かが検討できるからである。特に任意供述調書は相当数作成され、審査官が証拠として使用するのはそのうちのごく一部であるので、他の供述調書から真実の実態が明らかにされる場合があり得るのである。聴聞手続における審査官手持ち資料の全面的な閲覧の機会を保障することが、調査手続の公正化を促進する上で重要な影響をもつと考えられる。
     以上のように執行手続における公正性が保障され、「適正手続の保障」が強化されることは、長期的にみて、独占禁止法の執行力強化になるものであり、このことは米国及び欧州連合の執行手続からも明らかである。独占禁止法の執行力強化を目的に、調査手続における被疑者の防御権の制限や処分前手続の省略化を行うことは、長期的にみて、関係者の独占禁止法執行手続に対する信頼感を失わせ、真の執行力強化にはならないと考えられる。

  7. その他の関連問題

  8. (1)二重処罰等の問題
    平成21年の独占禁止法改正により、価格協定の首謀者に対する課徴金額は50%増額されることになったが、このことは課徴金制度が「不当利得の剥奪」という当初の目的から「行政制裁」に変化したことを意味する。そうであると、法人に対しては同一行為について課徴金という行政制裁金と刑事罰金との両者が課せられることになり、二重処罰の問題が生じる。これは公正な独占禁止法執行手続の整備のためには解決する必要のある問題であると考えられる。
    また、課徴金が「不当利得の剥奪」であることを理由に、画一的な課徴金率が設定され、裁量を排除して課徴金の納付が命じられてきたが、課徴金が行政制裁となったのであるから、課徴金の上限を決めると同時に合理的な裁量基準を法定し、合目的的な裁量が行われる必要があると考えられる。制裁金について裁量のない画一的な運用が行われているのは我が国だけである。

    (2)違反事件調査の秘密保守義務
    独占禁止法違反事件は事業者にとっては営業活動に対して甚大な影響が生ずる。違反被疑事件は公正取引委員会が調査して正式な措置を採るまでは秘密であり、それを保障するために公正取引委員会の職員には違反事件に関して守秘義務が課せられている(独占禁止法38条及び39条)。しかし、多くの事件は、違反被疑事件調査の冒頭段階の立入検査の時点においてマスコミに大きくかつ広く報道されている。広範なマスコミに広く一斉に報道されるということは、違反被疑事件調査の情報が公正取引委員会から流れていると推認させられる。これは規制機関の規律の問題、調査手続上の不正の問題であると同時に、関係事業者は事業活動その他に対して不当な不利益を与え、権利侵害になるものであって、厳重な対策が検討されるべきである。

V 独占禁止法執行手続等の国際的調和の推進の必要性
  1. 経済のグローバル化と独占禁止法執行手続の国際的調和の推進の必要性

  2. 現在、世界では100カ国以上で独占禁止法が制定されており、各国の独占禁止法は経済のグローバル化の下で国際的な違反事件を取り上げている。このような情勢の中で各国の独占禁止法の国際的な調和が重要になってきている。この独占禁止法の国際的調和の問題の中で独占禁止法の執行手続の調和が特に重要である。執行手続の国際的な調和は規制機関にとっても規制を受ける事業者にとっても重要である。そして、この執行手続の国際的調和、特に米国、欧州連合、日本などの市場大国の間の調和の促進が重要である。米国と欧州連合の独占禁止法執行手続は、調査手続と事前聴聞手続における関係者の防御権の保障が基本的に調和されているが、日本の執行手続における防御権の保障は不十分であり、この点で米国及び欧州連合から乖離している。今回の改正で米国・欧州連合と日本との間の独占禁止法の執行手続の国際的な調整が進むことが重要であると考えられる。

  3. 独占禁止法と広告表示規制法との一体性

  4. 平成21年の消費者庁設置に伴い、独占禁止法と一体であった景品表示法が独占禁止法から分離されて消費者庁の所管になった。消費者庁設置の理由は、縦割り官庁によりばらばらの消費者行政を消費者庁に統合するという目的で行われたが、公正取引委員会は典型的な横割り官庁であり、独占禁止法と広告表示規制法は「公正かつ自由な競争」を目的とした一体的な規制であって、両者を分離することは競争政策の推進の阻害になる。国際的にみても、米国、カナダ、英国、フランス、オーストラリア、韓国など殆どの国では、独占禁止法と広告表示規制法を同一の独占禁止法施行機関が「公正競争維持」の見地から所管している。この広告規制の問題については、独占禁止法政策の国際的な調和の見地から見直すことが、独占禁止法規制と広告表示規制の効果的な発展と消費者利益の増進のために必要であると考えられる。

 

 

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