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H25年独禁法改正法案の国会審議と残された問題

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平成25年独禁法改正法案の国会審議と残された問題(未定稿)
                     2014年5日14日


1. 複雑な改正法案の背景
 平成25年(1013年)12月7日に独禁法の改正法が国会を通過した。この改正の内容は、独禁法の執行手続に関するものであり、平成17年(2005年)改正により事前審判制度の廃止以降混乱していた独禁法執行手続問題について今後の在り方を示す重要な改正であった。
わが国の独禁法は1947年に経済民主化政策の基本法として制定されたが、同法の実質は米国の独禁法の強い影響を受けており、自由私企業制度の根幹である「営業の自由」の保護を基本とし、法の中核の禁止規定は極めて抽象的であって、法執行機関は具体的な事案について市場の経済実態に即し営業の自由の濫用である競争制限行為を証拠に基づいて規制することとし、そのために準司法的な独立行政委員会として公正取引員会を設立していた。そして、法違反行為の処分に際して、相手方に違反の事実を事前に告知し、相手方が処分前にその処分について十分に争える機会を与える準司法的な事前聴聞手続(事前審判手続)が規定されていた。米国では、この事前聴聞制度は、「何人も、適正な手続によらなければ、その生命、自由、財産を侵害されることはない」との憲法上の規定(デュープロセスの原則)に基づく政治上の民主制度の基本制度とされ、独禁法の執行においてはこの見地から事前手続による経済実態に即した事実認定が重視されていた。なお、わが国でも、このデュープロセスの原則は、憲法31条「適正手続の原則」で規定されている。
ところで、1990年代入り、情報技術革新と経済のグローバル化が急速に進展し、企業間の競争が国際的に激化したが、この競争の激化に対処して先進国の大企業による国際カルテルが頻発し、米国、EUなどの独禁法はこの国際カルテルの規制を集中的に進め、感熱紙、ビタミン剤、飼料添加物などの国際カルテルが次々摘発され、違反に対する制裁金も高額になり1社500億円を超える場合も少なくなかった。この摘発された国際カルテルの殆どに日本の大企業が有力メンバーとして参加して外国独禁法により次々に処罰され、マスコミで大きく取り上げられた。しかるに、わが国では、2000年代初めまで国際カルテルは1件も摘発されず、世界の独禁法の流れから取り残され、国際的に批判されていた。
このような状況の下で、2002年9月に公正取引委員会委員長に就任した竹島一彦委員長は、この執行力強化を強力に進め、2003年12月に独禁法改正法案要綱を公表したが、この要綱には法の執行力強化のため、従来から独禁法学者らから主張されていた課徴金率の大幅引上げ、リニエンシー制度(カルテル実施の事実を自発的に報告した事業者へ課徴金の減免措置をとり、秘密裏に行われるカルテルの立証を容易にする制度)の導入などのほか、竹島委員長の強い意向を受けて、上記事前審判制度(事前聴聞制度)の廃止(「事後審判制度」への変更)が含まれていた。この事前審判制度の廃止は、国会でも疑問が出され、平成17年(2005年)に成立した改正法附則13条では法施行後2年以内の新制度の見直しが規定されていた。
この改正法附則13条に基づいて内閣府に有識者30名で構成された「独占禁止法基本問題懇談会」(座長・塩野宏東大名誉教授)が設置され、同懇談会は35回の会議を開き、2007年7月26日に最終報告書と議事録・海外調査を含む膨大な関係資料が公表された(内閣府HPで閲覧できる)。最終報告書では、事前審査型審判方式と不服審査型審判方式(2005年改正法の事後審判制度)が詳しく比較検討され、現行の不服審査型審判方式は従来の執行手続の弊害の除去に一定の効果があったとしながらも、「行政審判は、行政過程において準司法的手続を採用して被処分者に十分主張・立証に機会を与えることにより適正手続を保障するとともに、紛争の専門的早期解決を図るものであるから、一定の条件が整った段階で、事前審査型審判方式を改めて採用することが適当である」との提言が行われた。
この提言に対して公取委は、同年10月16日に「独占禁止法の改正等に関する基本的な考え方」HP)を公表し、内閣府の事前審査型審判方式の採用提言を事実上拒絶する方針を明らかにした。法令に基づく政府の諮問機関の提言を短期間のうちに拒否するということは異常な対応であるが、この見解公表の背景には、平成17年改正で導入したリニエンシ―制度の効果により国際カルテルなど大企業のカルテルが次々に摘発され、改正法が一般に強く支持されていた事情があったと考えられる。その後、平成21年(2009年)6月に成立した独禁法改正の際の国会の付帯決議では「平成17年改正以前の事前審判制度へ戻すことのないよう、審判制度の抜本的な制度変更を行うこと」とされ、内閣府懇談会の提言を一方的に否定する見解が示されている。
2009年10月に経済団体連合会は、①公正取引委員会が正式に行政処分をした後にその処分を事後審判制度で公正取引委員会が再審理することは不公正であるので、この事後審判制度を廃止して直接裁判所に出訴できるようにすること、②行政処分前の事前手続における事前聴聞手続の充実及び審査手続における事業者の正当な防御権の保護を欧米諸国水準に適応させることが必要である旨の提案を行った。公取委は、この提案の➀の審判の廃止の提案に賛成し、審判廃止を主眼とした法案が作成され、2010年3月にその法案は国会に提出された。この改正法案に対しては、その内容が内閣府懇談会の提言に反していること、公正取引員会の準司法的な審理機能である審判制度の廃止は独禁法の公正な審理という基本原則を踏みにじり独禁法の弱体化をもたらすことなどを理由に、50余名の独占禁止法学者有志、全国消費者団体連絡会等から強い反対意見が公表された。このようにして、改正法案に関する議論は分裂・混乱状態になり、その後、同法案は国会では1回の審議も行われることなく竹島委員長は2012年9月に任期満了で退任し、同年12月には衆議院が解散となり、同法案は廃案となった。なお、米国通商代表部(USTR)は、2013年4月に2013年度国際不正取引慣行白書を公表したが、その中で日本の2005年独禁法改正後の同法の執行手続が「デュープロセスの原則」に違反し国際的な不公正取引慣行に該当するおそれがあるとの懸念が表明されている。(注1)

2.国会審議における政府側答弁
  2013年3月に新しく就任した杉本和行委員長の下で、平成22年(2010年)法案と同内容の法案が同年5月に国会に提出された。この平成25年独禁法改正法案は、同年11月20日に衆議院経済産業員会、同年12月6日に参議院経済産業委員会において審議され、同月7日に国会を通過し、同月13日に公布された。改正法案に対する政府側答弁は、以上の複雑な作成背景事情の審議(185国会衆院経産委議事録8号5~6頁・8~9頁・12頁;185国会参院経産委議事録9号3~6頁・9頁)の中で行われたが、改正法案に対する政府側答弁の重要な要点は以下の通りであった。
(1) 「審判の廃止」の理由は経済界の外観的な不公正さに対する不信感の払拭
改正法案は「審判の廃止」を掲げているが、この「審判の廃止」の意味、審判制度の実質的な是非の明確化は本改正法案の審議における重要な問題点であった。この「審判の廃止」の意味に関して、独禁法改正問題担当の稲田朋美国務大臣は、「事後審判ですと、先に判断した者と同じ者、まさしく検察官と裁判官が同じになるのではないかという外観上の不公正さが残るという指摘があったことが今回の改正の理由でございます」と答弁し(衆院3頁:同趣旨衆院7頁・9頁・11頁[7頁と11頁では経済界の「批判」ではなく「懸念」という表現が用いられている])、杉本和行公取委委員長は「公正取引委員会が裁判官と検察官の一人二役を担うことで、審判制度の公正さの外観を損なうのではないかという批判がございました」と述べ(衆院7頁)、「審判制度が存置される限り、審判制度の公正さの外観に対する経済界等の不信感を払拭することは困難な状況にあると考えられたため、審判制度廃止の判断に至ったものでございます」と答弁している(参院6頁:同趣旨衆院7頁・参院8頁)。
以上の政府側答弁から明らかなことは、「審判の廃止」は経済界の審判制度に対する批判が審判制度の外観上の不公正さであると把握していることである。すなわち、経済界のこの批判は審判制度の外観的・形式的な批判であって、制度の実質に関する批判ではないとしている。確かに、大きな組織は、組織内部に自己監察制度を設けるのが通常である。経済界の株式会社制度では、執行役員の業務執行を適正に監査するために同じ会社内に監査役員を設け、この制度は会社の公正な業務執行の重要な保障制度となっており、監査制度に不備がれば、監査役員の独立性・中立性を強化する方向で対処してきている。このような点から考えれば、経済界の審判制度に対する批判は、表面的・形式的であって十分な根拠はなく、政府側答弁がその批判を「外観上の不公正さ」であると把握して対処したことは正当かつ賢明な答弁である。
それでは、公取委は審判制度の外観的な側面ではなく、その実質的な側面についてどのように考えているかが問題であるが、これに関する政府側答弁は次の通りある。
(2)公取委は従来から審判制度の公正中立的な運営をしてきたとの答弁
杉本委員長は、「審判制度の公正さの外観を損なうのではないかという批判はございましたが、公正取引委員会としては、従来から審判制度の公正中立的な運営に努めているところでございます」と答弁し(衆院7頁)、稲田国務大臣も審判制度について、「公取としては従来から公正中立な審判の運用に努めてきた」と述べている(衆院9頁)。
公取委がこの審判制度を公正中立的に運用してきたという主張の根底には、公取委は、審判制度が外観上の不公正さの批判はあるものの、この制度が実質的には公正中立的な制度であるという認識をもっていることは確かである。そして、このことと関連して、政府側答弁では、改正法案の「意見聴取手続」について、次のような説明が行われている。
(3)改正法案の「意見聴取手続」は準司法的な事前聴聞手続であるとの答弁
杉本委員長は,改正法案の「意見聴取手続」について、「今回、審判制度を廃止いたしますと、公正取引委員会が行います排除措置命令、課徴金納付命令、こういったものが公正取引委員会としては最終判断になることでございます。したがいまして、それを踏まえて、処分を行う際の手続をしっかりとしていく、丁寧な手続をし、かつ透明性を確保しながらデュープロセスをさらにしっかり踏んでいくために、手続管理官を設けて手続の充実を図ってまいります。」(衆院5頁)、「私どもといたしましては、そこは事案をきちっと、いわば訴訟的な手続、対審構造的な手続で、証拠に基づいて見直していって、行政処分措置の適切さを判断していくということは、公正取引委員会としてはきちっと適正にやってきたと考えております。」(衆院7頁)、「意見聴取手続は、今般の審判制度の廃止に伴いまして、従来の審決において示していた公正取引委員会による最終的な判断が排除措置命令、課徴金納付命令等において示されること、適正な手続を確保するという観点から、処分前に相手方事業者の主張を一層よく聞いたうえで適切に排除措置命令を行うため、新たな処分前手続として整備しようとするものでございます」と説明している(衆院13頁)。
以上の国会答弁おいて、公取委の従来の(審判)手続を校定した上、「意見聴取手続」について、「丁寧な手続をし、かつ透明性を確保しながらディユープロセスをさらにしっかり踏んでいくために、手続管理官を設けて手続の充実を図って参ります」と述べているとこと,及びこの手続が処分前の手続であることを考えれば、この手続が実質的には準司法的な事前聴聞手続を意味しており、「審判」とう言葉は外観上の理由から使われないものの、平成17年(2005年)改正前の事前審判制度と実質的に同じ方式の手続であるといえよう。
(4) 内閣府懇談会の報告書の提言の「事前審査型審判方式」の実質的な容認
2007年6月の内閣府独占禁止法基本問題懇談会の報告書は法執行手続について詳細な検討を行い、将来の独禁法執行手続として不服審査型審判方式(事後審判制度)ではなく準司法的な事前審査型審判方式の採用を提言したが、杉本委員長の国会答弁において、上記内閣府懇談会問題報告書の提言(結論)の内容について極めて正確に認識され言及している(衆院6頁・8頁;参院7頁)。改正法案の「意見聴取手続」の趣旨が国会答弁で説明されているようなデュープロセスの原則に基づく準司法的な事前聴聞手続であることであるとすれば、平成25年(2013年)改正法案は事後審判制度を廃止し、準司法的な事前聴聞手続として「意見聴取手続」を採用したのであるから、平成25年改正法案は実質的に内閣府懇談会の提言の事前審査型審判方式と実質的に同じ方式を採ったものであると考えられる。
この法案の国会審議において共産党は改正法案の「審判の廃止」に反対しているが、その反対理由は審判の廃止が2007年の内閣府懇談会が提言している「事前審査型審判方式」の採用に反するということである(衆院9頁・19頁;参院9頁)。しかし、改正法案は、懇談会の提言が将来の制度として適正でないとした不服審査型審判方式である事後審制度を廃止し,新たに導入した「意見徴収手続」が準司法的な事前聴聞手続であり、それは基本的には事前審査方審判方式に属するので、この改正法案が内閣府懇談会の提言に実質的に適合することは明らかである。この意味では共産党も改正法案の「意見聴取手続」について実質的には反対ではないと考えられる。したがって、この改正法案の「意見聴取手続」に対する政府側答弁は、実質的には国会で一致して支持されているのであり、改正法の今後の運用においてこの国会の全会一致の意向は重視される必要があるといえる。

3.国会の付帯決議
   平成25年改正法案に対する政府側の国会答弁は、同改正法案が準司法的な執行手続を採用しているという考え方を明らかにしているが、同改正法案の原案である平成22年改正法案が複雑な背景野中で作成された経緯からすると、同法案の内容をそのまま引き継いだ平成25年改正法案の規定には曖昧さが残されており、この曖昧な規定は衆議院の付帯決議は、上記政府側見解を踏まえて解釈される必要があるが、衆議院付帯決議は政府見解に基づき以下のような極めて優れた前向きの内容になっている。
(1)「意見聴取手続」の明確化(付帯決議第3項)
国会の付帯決議第3項は、「排除措置命令等に係る意見聴取手続を主宰することとなるいわゆる手続管理官については、手続の透明性、信頼性を確保する観点から、その権限・義務を明確にするとともに、その指定に当っては中立性を確保するように努めること」と規定している。平成25年改正法案の「意見聴取手続」の規定には曖昧さが残されているが、この付帯決議は、改正法案の「意見聴取手続」が政府側国会答弁で示された準司法的な事前聴取手続であることを前提に、「手続の透明性、信頼性を確保する観点から」手続の中核である「手続管理官の権限・義務の明確化」と管理官指定の際の「中立性の確保」を求めており、これは正しい重要な見解である。
(2)事業者側の防御権の保護の前向きの検討(付帯決議第4項)
改正法附則16条は、この法律の施行後1年以内に、政府に対して、独占禁止法の処分前の審査手続における事件関係人の防御権保護に関する規制の見直しを政府に求めているが、付帯決議第4項は、「公正取引委員会が行う審尋や任意の事情聴取等において、事業者側の十分な防御権の行使を可能とするため、諸外国の事例を参考にしつつ、代理人の立会いや供述調書の写しの交付等について、わが国における刑事手続や他の行政手続との整合性を確保しつつ前向きに検討すること」と規定している。この付帯決議が、この問題の検討において、「諸外国の事例を参考とすること」、「刑事手続などとの整合性を確保すること」及び「前向きの検討」を求めていることは重要である。
米国・EUの独占禁止法の執行手続では、独占禁止法違反事件の複雑な経済と法律の混合事案を対象としており、とくに情報技術の進展と経済のグローバル化の影響で市場は複雑になってきていることから、審査の際に専門的法律知識に疎い民間職員の防御権として弁護士を利用することが広く認められ、弁護士顧客秘匿特権・弁護士立会権・自己負罪拒否特権などが容認されているが、反面、これらの防御権の保護は固定的なものでなく、濫用され適正な審査活動が妨害される場合には抑制されている(例えば、EU執行手続関係の「ベストプラクティス告示」(EUのHPで入手できる)36条「自己負罪拒否特権」では権利行使を認めるが行使できる場合を限定しているし、51条「弁護士秘匿特権」で権利を認めると同時に52条で権利行使の方法を限定している)。また、刑事事件の規制対象行為は基本的に倫理規範を基礎として一般に明確であるのに対し、独禁法の規制対象行為は「経済と法律の融合した分野における専門性の高いもの」(公取委「改正法の概要第1(2)②」[公取委HP])であって、専門的な法律判断が必要な場合が多く、刑事事件の場合とは異なる側面があることに留意する必要があり、このような事情について「前向きの検討」を行うことが重要である。
(3)東京地裁の専属管轄権と専門性の充実(付帯決議第1項)―-専門的知見の重視―
改正法案は、公正取引委員会の行政処分(排除措置命令・課徴金納付命令等)に対する第一審の裁判所を東京高等裁判所特別部から東京地方裁判所特別部(裁判官3~5人)の専属管轄とし(85条・86条)、同時に、従来の「実質的証拠」による司法審査の制限を撤廃したが、この改正により、裁判所の公取委の違反事件の事実認定・法令解釈・審理方法等に対する司法審査はより厳格になると考えられる。
以上の改正点に関して、付帯決議第1項は、「独占禁止法違反事件が複雑な経済事案を対象とする専門性の高いものであることに鑑み、審判制度の廃止に伴い、公正取引委員会の行政処分に対する第一審を専属管轄とする東京地方裁判所における審理及び裁判の専門性を確保するため、早急に専門的知見を有する人材の養成の及び確保に努めること」を定めている。
この付帯決議では、独禁法違反事件の審理において「独占禁止法違反事件が複雑な経済事案を対象とする専門性の高いものであること」を前提に、裁判官の「専門的知見」の充実を重視しており、この「知見」がどの分野の知見であるかを検討する必要があると思われるが、次のような分野が考えられる。①独禁法違反事件の審理では、他の多くの行政処分は行政庁の許認可に関連し行政庁の裁量の範囲がかなり広く、司法審査の及ばない範囲がかなり広いのに対して,独禁法違反事件の場合には事実認定について証拠に基づいて事実認定が行われ、排除措置等の処分はこの事実認定の範囲内に限定され、その裁量の範囲は極めて狭く、司法審査は公取委の事実認定について証拠に基づいて実証的に行われる必要があることである。
この点に関連して杉本委員長は、「行政事件訴訟法に基づきます取り消し訴訟におきましては、・・・裁量権の範囲を超え、またその濫用があった場合に限り、裁判所は処分の取り消すことができるとされているところでございます。したがいまして、一般論といたしましては、行政庁の裁量の範囲において行われた処分の妥当性については、取り消し訴訟の審理の対象とならないとされております。」(衆院8頁)と一般の行政処分に対する裁判所の司法審査について述べているが、独禁法違反事件の事実認定では裁量の範囲は著しく狭く、排除措置等の基礎となる事実認定は厳格な証拠による認定が必要とされ、排除措置はこの認定の範囲で若干の裁量が残されているに過ぎないのである。
次に、②独禁法違反事件の事実認定の対象は、付帯決議自体が述べているように、「複雑な経済事案を対象とする専門性のたかいもの」であるということである。稲田国務大臣は,国会審議の中で「日本の経済情勢はグローバル化の中で非常に複雑化している」(稲田国務大臣:衆院16頁)と述べており、また公取委も「独禁法違反事件は、複雑な経済事案を対象とし、経済と法律の融合した分野における専門性の高いもの」であるとしている(公取委・改正法の概要第1(2)②:公取委HP)。複雑な市場での事業者の競争活動には相互に対立と協調が混在し、かつその活動は競争促進的な面と競争制限的な面との両側面があり、そこで競争制限効果を検証するには複眼的視点による慎重な検証が必要である。この市場の分析・評価の方法としては,ミクロ経済学の価格理論の応用経済学として[産業組織論]が発展してきており,それは市場の分析評価に利用されている。③この認定事実に適用される独禁法は、基本的に「競争の実質的制限の禁止」という抽象的な規定であることが重要である。そして、④以上の②と③の両者との関係に関連するが、「競争の実質的制限の禁止」の対象になる事業者の競争行為は、価格・品質・数量・技術・顧客獲得などを巡って多角的に行われ(法2条6項参照)、通常、競争促進効果と競争制限効果の両者をもっているので、抽象的な法令を適用する場合,事業者の行為の効果について個別的に見るのか全体的に見るのか、短期的に見るか長期的に見るか、などの検討が求められ、そのためには複眼的な視点に立って「競争制限行為」の目的・内容・効果等の具体的な評価・か検討の上で法令の適用が行われる必要があると考えられる。⑤独禁法違反事件の司法審査を行う場合、以上の諸点に留意すると、事件の審査・審理が適法に行われたか否かの手続上の適否の問題が関係してくると考えられる。米国及びEUでは「適正手続」違反で無効とされた事例が少なくない。
⑥独禁法は個別事件の判決を通して競争ルールを設定する側面が強いことにも留意する必要がある。独禁法関係の判例は米国法及びEU法で極めて豊富であるが、このことは米国及びEUの独禁法が判例法であることと関係している。米国の独禁法はコモンローから発展した典型的な判例法であり、EUの競争法も判例法と自認されている(2010年の「流通ガイドライン」1章1節4項)。判例法の場合には抽象的な規制規定の下で実態に即した個別事案の「専門的知見」に基づく判決で具体的な法解釈が示され、事案の審理方法が「適正手続」に基づいているか否かが厳しく検討されている。わが国の場合の行政事件は事業の許認可に直接又は間接に関連する事件が多く、行政庁に広い裁量が認められ、個別事件の正確な事実認定や法令適用による法適用よりは、概念的な解釈による適用が多く、判例法的な事実認定と法令の適用の面の「専門的知見」は少なく、特別裁判所に「専門的知見」の充実が求められていると考えられる。
実質的証拠が廃止された後の裁判所の事実認定の在り方について、小川秀樹法務省法制部長は、「個別の事案の事実認定に関するものでございますので、個別の事件を担当する裁判体の判断に委ねられるべきもの」としているが(衆院15頁)、この場合に「専門的知見」の充実が重要性を持つことになると考えられる。

4.残された問題
(1)国会における政府側答弁と国会付帯決議の確認
改正法案に対する政府側国会答弁は、前述したように、改正法における独禁法執行手続が準司法的な事前聴聞手続であり、公取委としてはこの手続を適切に運用するとしている。国会の付帯決議は、この政府答弁を踏まえて「意見聴取手続」の明確化等を求めている。改正法の今後の運用において重要なことは、この25年改正法案に関する上記政府側国会答弁と付帯決議で確認された基本的な考え方を十分に確認することである。この確認の上で、平成25年法案の原案である平成22年の法案が複雑な背景の下で作成され、これが改正法の法文に残存しているので、この不明確な規定については、国会で承認された政府側答弁と付帯決議の考えに基づいて法文の解釈を明確化する必要があり、その主要な点としては以下の点がある。なお、手続の明確化のためには,独禁法76条[規則制定権]の活用が考えられる。米国の最高裁及び準司法的な独立行政委員会は、憲法の「デュープロセスの原則」に従って当該機関の規則制定権に基づき自主的に手続規則設定することができ,法76条の規定はこの米国法を参考にして制定されている。
(2)改正法の「意見聴取手続」の明確化
  ➀「意見聴取手続」における証拠による事実認定の明確化
 国会において杉本委員長は、「審判手続を廃止いたしますと,公正取引委員会が行います排除措置命令、課徴金納付命令、こういったものが公正取引委員会としては最終判断となるということでございます。したがいまして、それを踏まえて、処分を行う際の手続をしっかりとしていく、丁寧な手続をし、かつ透明性を確保しながらデュープロセスをさらにしっかりと踏んでいくために、手続管理官を設けて手続の充実を図るということを法案の中で提案させていただいているものであります」(衆院5頁・同趣旨12頁;参院9頁)と述べ、また公取委としては独禁法違反事案について、「訴訟的な手続、対審構造的な手続で証拠等に基づいて見直していって、行政措置の適切さを判断していくということはきちっと適正にやってきた」ことを確認し(衆院7頁)、「公正取引委員会におきましては、これまでも証拠に基づいた事実認定等を通じて厳正な法執行を行っているところでございますので、・・・審判制度が廃止されることに伴いまして証拠収集の負担が変わるということはない」と述べている(参院5頁)。デュープロセスを踏んだ準司法手続とは、裁判所の手続に準じた証拠による厳正な事実認定の手続のことであり、改正法の「意見聴取手続」が証拠による事実認定を基礎にしていることが明確にされる必要がある。
違反事件が行われる市場においては、現在、情報技術の革新、経済のグローバル化の進展などにより、異業種間競争も増大し市場がボーダレス化して、ダイナミックな競争が行われ、競争関係が複雑になり、関係事業者は広範な潜在競争者を含めて、対立と協調の中で競争が行われている。米国では、競争者間の「裸の価格協定」(naked price fixing)など例外的な場合以外では「合理の原則」(rule of reason)が適用され、1960年代の画一的な規制から変化してきている。例えば、シェアの高い大企業の企業の競争者間の合併や業務提携契約であっても、競争制限の事実を単に市場シェアの大きさのみによって形式的に認定するのではなく,当該合併等が現実の市場の競争に与える競争促進的効果と競争制限効果の両側面を比較検討し評価する必要性が増大してきており、規模の利益による効率化、財務内容の健全化、競争業者間の技術の共同開発や共同利用などによる競争力強化を、基本的に競争促進的効果をもつものと評価され,この競争促進効果と競争制限効果の両者を複眼的な方法で比較検討して規制するようになってきている。EUにおいても同様である。このような規制においては、違反事実に関する証拠による客観的な認定が必要不可欠になってきている。
また、改正法では審査官及び関係事業者は証拠を提出することは規定されているが(50条2項・54条2項・55条)、委員会及び手続管理官が証拠に基づいて事実認定を行うことは規定されていない。改正前の旧68条(05年改正前は旧54条の3)では、「審決においては・・・審判手続において取り調べた証拠によって事実を認定しなければならない。」と明記されていたのであり、手続の公正性・透明性確保のためには、証拠による事実認定を明記する必要があると考えられる。
② 手続管理官の独立性の保障の明確化
独占禁止法違反事件についてはその正式審査の開始及び違反被疑事件の告知は委員会の決定によって違反の嫌疑があるとして審査が実施され、その後一応違反であると委員会が思量して被処分者に告知が行われ他の地、被処分者がこの告知事項を争って、「意見聴取手続」が始まるのであるから、「透明性、信頼性を確保する観点」(付帯決議3項)からは、「意見聴取手続」を主宰する手続管理官は委員会及び審査官(違反訴追機能の担当者)から独立して手続を主宰し、事案の審理が中立的・客観的に行われることを保障する規定が必要であり、また委員会はこの手続管理官の事実認定に拘束されることが重要である。
しかし、改正法は手続管理官(指定職員)について、当該事件に関し「審査官の職務を行ったことのある職員」の指定を禁止しているだけであり(53条2項)、これでは不十分であるので、「手続の透明性・信頼性を確保する」ために別途手続管理官の職務が委員会・審査官から独立して行われることを保障する規定が必要である。
なお、準司法的な「意見聴取手続」による処分は、それを経ない「命令」とは性質が異なる処分であるので、「決定」として「命令」と区別することが必要であろう。現行法では「命令」と「審決」とで使い分けている(49条・66条・68条等)。
③ 審査官手持ち資料の全面的な開示の必要性
市場経済の経済実態は関係事業者が対立と協調により事業活動を行っており、そこでの競争の実態は極めて複雑であり、このことは情報技術の進展、経済のグローバル化などにより現在加速的に拡大しており、証拠及びその評価は複眼的な視点から行われる必要があって、これに対応して米国法及びEU法では公権力で収集された審査官手持ち資料については全面的な開示が義務付けられ、EUでは黒の証拠のみの開示は、「武器平等の原則」に反するとして、審決の無効原因とされている。審査官は違反事件の審査において、公権力を用いて膨大な証拠資料を収集し、通常その中から違反の認定に必要な黒の証拠として利用できる資料を一方的に選んで違反事実の認定に用いる傾向があるが、公平の原則から言えば審査官資料は相手方にも全面的に開示し、証拠として利用できるようにする必要があろう。審査官の一方的な都合による審査資料の利用方法は、現在の複雑な市場の経済実態に即して複眼的視点から客観的な事実認定を行う独禁法の審理方法として適切ではなく、公益的見地から審査官が収集した資料は意見長す手続において関係事業者に全面的に開示して関係事業者がその資料を反証として利用できるようにし、違反事実の認定が複眼的な視点から客観的に行われ得るようにすることが必要不可欠であり、米国法及びEU法においてはこれが実施されている。
改正前の独占禁止法には米国法の影響を受けた審査官の事件記録を開示する規定(「事件記録の閲覧・謄写」:旧70条の15;05年改正前は旧69条)があったが、米国法の証拠開示制度について未経験であった時代の最高裁判決(昭和50年7月10日の粉ミルク事件判決)が同条文の立法趣旨を十分に理解することなく明らかに誤った形式的解釈により開示対象の「事件記録」を「審査官が審判廷に提出した資料」に限定したが、この資料は審査官が積極的に審判廷に提出する資料で被審人が審判廷で閲覧できるので、この解釈では審査官資料の開示が事実上全面的に否認され、この条文の被処分者の弁護権の保護の意味は根底から否定され、全く不合理であることは明らかである。
改正法50条2項は、証拠の閲覧・謄写を基本的に「公正取引員会の認定した事実を立証する証拠」に限定しており(52条1項)、この条文の不合理さは上記最高裁判決と同様であり、この開示では関係事業者の防御権の役割は全くなく不合理である。独禁法の執行手続としては、米国法及びEU法と同様に審査官手持ち資料の全面的開示が必要である。行政手続法の聴聞手続は、一般の行政処分の最低基準を定めたものと解されるが、同法18条1項が規定する聴聞手続における開示対象資料には黒の資料のみならず白の資料も含まれると解されている。独禁法の規制対象が複雑な市場の行為であり、複眼的視点からの証拠による事実認定が重要であることを考えれば,米国法及びEU法と同様に審査官資料の全面的開示を規定する必要がある。
現在、米国法及びEU法では事前聴聞手続の開始時点で膨大な審査官資料の全面的な資料開示が行われ、この開示は通常CD=ROMの提供で実施されており、このため、この膨大な電子情報を分析整理する会社が関係者の依頼を受けて資料分析を代行しており、この事業は米国・欧州を中心に世界的に普及しつつある。新しい状況の下で、独禁法の証拠の審理方法は革命的に変わりつつある。
④ 手続管理官の報告書の内容の明確化
政府側説明では、改正法案の「意見聴取手続」では、「丁寧な手続をし、かつ透明性を確保しながらデュープロセスをさらにしっかり踏んでいくために、手続管理官を設けて手続の充実を図っていく」(衆院5頁)、「適正な手続を確保するという観点から、処分前に相手方事業者の主張を一層よく聞いたうえで適切に排除措置命令を行うため、新たな処分前手続として整備しようとするもの」と説明されている(衆院23頁;同趣旨13頁)。ここで述べられている手続は、準司法的な事前聴聞手続を指していると考えられ、この手続では手続管理官が市場における複雑な経済実態に即して関係企業の競争促進効果と競争制限効果を複眼的な視点から、職務の独立性が保障されて、証拠により客観的・実証的に審理し、客観的な事実認定と明確な結論を行うことが重要である。明確な結論が示されなければ、公正な審理の「透明性と信頼性」は担保されない。手続は、一定の目的達成のための一連の過程であり、一定の目的は当該事案の審議の結論である最終判断を示すことであるから、けつろんのない報告書には意味がないというべきであろう。
改正法は、意見聴取の終結後、手続管理官が当該事件の論点を整理し、この論点整理を記載した報告書を期日調書(58条1項)ととともに、委員会に提出すること(58条4項)、及び当事者にその閲覧機会を与えること(58条5項)を規定している。この規定では,手続管理官の論点整理が証拠に基づく審議結果に基づく結論を含むか否かが不明確である。
行政手続法の聴聞手続(13条以下)においても、手続主宰者は聴聞調書と報告書を行政庁に提出することが定められ(同24条)、この規定が改正法において参考にされたと考えられるが、行政手続法の聴聞手続主宰者の報告書の記載事項としては、同法の解釈では主宰者の意見(結論)と理由が明記されることになっている(総務庁「聴聞の運用のための具体的措置について」:平成6年4月25日総管第102号:行政管理局長通知の別紙2「聴聞の運用のための具体的措置に関する指針」第10の3)。これは聴聞手続の趣旨から当然のことと言える。一般の行政処分の場合「処分に関する行政庁の裁量が比較的広く、また、処分の原因となる事実の反社会性や処分の名宛人の情状等を個別の事案ごとにどう評価するかといった問題」がありうる(総務庁「行政手続法の施行に当って」:平成6年9月13日総管第211号:総務事務次官通知の十)のに対し、独禁法違反事件の事実認定の場合には裁量の範囲は著しく狭く、事実認定を基礎とした排除措置命令に若干の裁量の余地が残されているだけであることを考慮すれば、改正法58条の手続管理官の報告書の論点整理には当然当事者の主張の証拠に基づく論点の整理であり、かつ管理官の事案に関する意見・結論が含まれているのであって,「手続の透明性と信頼性の確保」の観点からこの点を明記する必要があると考えられる。証拠上黒と判断できなければ、白としなると考えられる。準司法的な「意見聴取手続」では、最終判断・結論の問題は核心的な問題であり、最終判断の明示は「手続の透明性、信頼性の確保」の見地から必要不可欠である。
⑤ 委員会における手続管理官の報告書の取扱いの明確化
改正法は、委員会は手続管理官の期日調書と報告書の内容を「十分に参酌して」排除措置命令の議決をしなければならないと規定しているが(60条)、この規定は行政手続法26条の規定の「十分に参酌して」を参考にして規定されたと考えられる。この行政手続法の場合の「参酌」については、事実に関する場合には拘束性があり、その他の意見に関してはそれより弱い拘束性と解されている。したがって、上記④の場合と同様の理由で、委員会は手続管理官の報告書の事実認定には拘束され、これを変更する場合には改めて聴聞手続を行うか明確な合理的理由を示して行うべきであると考えられる。従前の審判手続では委員会は証拠による事実認定が明記されていた(旧68条:05年改正前は旧54条の3)。
⑥ 「意見聴取手続」の公開の必要性
改正法54条4項は、「意見聴取の期日における意見聴取は、公開しない。」と規定しているが、従来の審判手続では公開が規定され(現行法61条:05年改正前は旧53条)、それによる問題は生じていなかったのであるうえ、「意見聴取手続」の性格が準司法的な事前聴聞手続であるので、裁判所の期日審理の場合に準じて手続は公開される必要がある。特に経済界は独禁法の執行手続について強い不信感を持っており、執行手続に対する被処分者からの信頼性は重要であるので(衆院11頁)、「手続の透明性・公正性の確保」の観点から手続の公開は必要である。現実的な問題であるが、現在数十件の審判が継続中である。この多数の審判については情報誌「公正取引情報」などによりかなり詳細に審判内容が紹介され、関係事業者、学者、弁護士などはこの情報により独禁法運用の貴重な新しい情報を得ているが,期日の審理が非公開になればこのような情報誌による情報の獲得はできなくなり,数十件の審判は密室の暗黒の秘密手続となり、「手続の透明性と信頼性」にとって重大な障害となることは確かである。
⑦ 少数意見の公表
   現行法70条の2第2項及び平成17年改正前の独禁法57条第2項は、「審決書には、少数意見を付記することができる。」との規定があったが、改正法にはない。独禁法は、違反事件の審理において、複雑な経済実態を背景に複眼的な視点から個別事案の事実認定と法令の適用を通してルールを設定する判例法的な性格の強い法律であるから、委員会としての最終決定に少数意見を付記することは極めて重要であり、合議制の独立行政委員会の存在意義とも関係する問題である。米国の最高裁判決及びFTC審決における少数意見の付記の有用性・重要性は非常に大きく、市場が複雑になり情報公開が進行する中でこの規定の廃止は疑問である。
(3)関係事業者の防御権の前向きの充実
この点に関する考慮事項については本論文2(3)で述べたが、関係事業者の防御権の保護は単に関係事業者のためだけでなく、現在の複雑な経済情勢の下では独禁法違反事案の実態に即した適正なしんさのためにも必要である。
(4)特別裁判所の司法審査における「専門的知見」の重視
国会の付帯決議1項の「専門的知見」の内容については、本稿2(4)で検討した。今後特別裁判所の公取委の処分に対する裁判所の司法審査は、「専門的知見」の充実により厳しくなると考えられる。米国及びEUでは、裁判所の判決により、1911年のスタンダード事件や1945年のアルコア事件のような画期的な大企業分割の判決が行われた反面、多くの事件が証拠不十分等を理由に修正・破棄されている。例えば、2001年のマイクロソフト・アプリ抱合わせ事件控訴審判決や2008年のランバス技術標準濫用事件控訴審判決のように重要事件が証拠不十分として破棄されている。EUでも、1993年の裁判所判決により国際木材パルプカルテル事件が証拠不十分で破棄され、1996年のソーダ灰カルテル事件判決では規制当局が審査官手持ち資料の開示を拒んだことが「武器対等の原則」に反し欧州人権条約6条違反として無効とされている。米国及びEUでは独禁法は判例法であり、裁判所は個別事案について証拠による実証的な検討を行い、この場合行政機関の事実認定について、審理方法を含めて、司法審査が厳しく行われている。
公取委の処分に対する裁判所の「専門的知見」に基づく司法審査は今後厳しくなると考えられるが、このことは公取委の「意見聴取手続」及び委員会の個別事件の決定においても、この「専門的知見」が重視される必要が生じてくると考えられる。
(5)国際標準となった米国法及びEU法の独禁法執行手続との調和の問題
米国及びEUの独禁法は、それぞれ法制定当初から「デュープロセスの原則」ないし「手続上の公正性の原則」に基づき準司法的な事前聴聞手続を採用してきている。米国では独禁法の執行は、司法省反トラスト局と連邦取引委員会(FTC)とが競合して行っており、ともに「デュープロセスの則」に基づいているが、両者ではその方法は異なっている。司法省反トラスト局は、独禁法違反の訴追権をもつものの、違反事件の審理と処分を裁判所に請求できるだけであり、裁判所が違反事件の事前審理と処分権を持っていて、ここでは訴追機能と審理・処分機能の完全分離が行われている。FTCは訴追機能と判断・処分機能を併せ持っているが、両機能はFTC内部で隔離されており、判断・処分機能は事前聴聞手続で行われ、聴聞官は行政判事事務所に属する行政判事であり、聴聞官が審決案を作成し、それを委員会がレビューすることにより審決が出される。外国の参考になるのは、通常、FTCの執行手続である。この手続は連邦規制規則16編第2部(審査手続)及び第3部(聴聞手続)(FTCのHPで入手できる)に詳細かつ実務的に規定されている。EUの競争法では当初から事前聴聞手続が採られていたが、1980年ころから事前聴聞手続を充実させるために、欧州人権条約の適用等によって各種の関係事業者の防御権が拡充され、1990年代末には審査官手持ち資料の全面的開示が義務づけられ、2003年に新しい執行手続(理事会規則)が設定された。しかし、競争法違反の制裁金が高額になったことも関係し、その後も執行手続に対する産業界の不満が強く、米国法並のみの権利保護を求め、2011年10月に「競争法手続規則ベストプラクティス告示」(EUのHPで入手できる)により、米国FTC法のCFR 16とほぼ同様の実務的な執行手続規則が設定された。
EUの加盟国の殆どは欧州大陸国家であり、いわゆる行政国家であって法制的には成文法主義を採ってきてが、EUが競争法に関して司法国家であり判例法主義の米国と同様の独禁法執行手続の採用を明確にした意義は大きい。現在、独禁法は米国法とEU法が世界で最も整備され最も強力に運用されていることを考えれば。今回のEUの「ベストプラクティス告示」が米国FTCのCFR 16とほぼ同内容の独禁法執行手続を設定した意義は大きい。独禁法は米国法とEU法が最も整備され最も強力に運用されていることを考えれば、EUの「ベストプラクティス告示」の設定により、独禁法執行手続について国際標準が成立したといえよう。
経済開発機構(OECD)では2009年から「独禁法の執行手続の公正性」(Procedural Fairness)を検討し2012年4月に最終報告書(注2)を公表したが、この報告書の中でEUの上記告示設定によって独禁法執行手続に関する国際標準が成立したと認識すると同時に、米国司法省バーニー前競争局長の2009年92012年4月に最終報告書(注2)を公表したが、この報告書の中でEUの上記告示設定によって独禁法執行手続に関する国際標準が成立したと認識すると同時に、米国司法省バーニー前競争局長の2009年9月の国際法曹協会(IBA)のスピーチ(米国司法省反トラスト局のHPのspeechesで入手できる)を引用して、新しい事前聴聞手続は執行機関が強い審査権を持っているものの、複雑な経済実態の中での法運用として、手続当事者間の「対話と協調」(dialogue & discussion)が重視されそれが手続の本質であるとする「考え方」であって、当事者との率直な意見交換を通して独禁法の経済の複雑な実態に沿った適切な運用ができるという側面が重視しされており、それは単に関係事業者の弁護権保護とは違っているとしている。事実、米国FTCの上記規則及びEUの上記「ベストプラクティス告示」では、当局と関係事業者との会合その他の情報交換の機会の十分な設定が規定されている(EUベストプラクティス告示では、42~44条、63~66条、67~69条、及び71条)。
この米国及びEUの独禁法執行手続に関する考え方は、わが国の2005年改正の事前審判制度廃止の考え方とは正反対の考え方であるといえる。当時の事前審判制度廃止の考え方は、独禁法の執行力強化の見地から排除措置命令等を迅速に執行する必要があり、審判手続はそれを阻害しているということだったが、当時最も悪質とみられていた価格協定や入札談合の場合には公取委の立ち入り検査の時点で関係事業者は当該行為を中止するのが通常であり、その中止の事実は課徴金算定にとって重要であり、排除命令の事実にも記載されている。また、仮に違反行為が継続して行われた場合には公取委は緊急停止命令制度(旧70条の13:05年改正前の旧67条)により裁判所に申請すれば通常約3か月で緊急停止命令が行われていた。したがって、平成17年改正前の独禁法の運用において、排除措置命令が事前審判制度の下で阻害要因になっていたとは考えられない。平成17年改正における事前審判制度の廃止は、処分前に関係者に争う機会を与えるということが公取委の処分の威嚇的効果を阻害するという覇権主義的な一方的な考えに基づいたものと疑われても仕方がない。同改正では手続迅速化に役立つ略式手続である勧告手続(旧48条)も廃止しているが、同様の考え方に立っていたといえよう。以上の考え方は、上記国際標準の考え方に反するものである。
わが国の独禁法執行手続に上記国際標準が採用されれば、それは産業界、消費者などの独禁法執行手続を理解し信頼を助長し国内の法執行力が実質的に強化されるほか、公取委の他の外国独禁法施行機関との競争法執行に関する協力体制が促進される。わが国は自由私企業制度に基づく市場経済体制の大国であり、わが国の独禁法の執行手続を米国法及びEU法のそれと調和させることは、グローバル経済の推進にとって必要性が極めて高いし、現在急速に形成されている東アジア共同市場は欧米の企業も参加する世界市場になるであろうが、統一した競争ルールがないため、わが国の独禁法執行手続を国際標準の執行手続と調和させることは極めて重要な課題である。

おわりに
 独禁法は判例法的な正確が強くその執行手続が判例形成に有効かどうかは独禁法に  とって実体規定と同様に重要であり、この執行手続の考え方が平成17年改正以来混乱していたが,今回の改正法案の国会審議においてこの手続が事前聴聞手続であることが政府答弁で確認され,国会の付帯決議でそれを前向きに整備することが決められた異議は大きく、またこの方向は独禁法執行手続の国際標準と同方向の考え方である。
 独禁法の執行手続については、事前聴聞手続,事業者の弁護権のほか、米国及びEUでは当事者間の協議・同意により問題を解決する略式の同意命令制度(セツルメントともいわれる)があり、大半の事件はこの略式手続により解決されている。わが国でも05年改正前は大半の事件が略式手続である「勧告手続」により解決されていたが、この略式手続も同改正により廃止されており、再検討されるべき問題であると考えられる。このほか、企業に対する刑事罰金と行政課徴金の重複賦課の問題、課徴金賦課における裁量制の導入の問題なども残されているが、当面は国会における政府答弁と付帯決議を踏まえて、事前聴聞手続の整備と調査段階における関係事業者の防御権保護の充実に専念することが賢明であると考えられる。

注1. この複雑な法案作成背景については、常岡孝好、独占禁止法における事前手続と不服申立て手続の在り方、公正取引724号(2011年2月)、伊従寛、2013年独禁法改正法案の問題点、国際商事法務41巻10号(2013年)等を参照。
注2.OECDの競争法の「執行手続における公正性と透明性」に関する報告書(2012年)については佐藤宏、OECDの競争法執行手続上の公正性と透明性の報告書、国際商事法務41巻2号・3号(2013年)に詳細な紹介記事がある。


 

 

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